耽溺とはこのことか

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     ある日、いつも通り、気散じに、you-tubeを観ていたわけだ。いきなり、

    けたたましいノイズ、鳴り止まず、電源を切り、一服、の後、おもむろに

    起動したが、ブザーのような異音が3回、間をおいて一向に収まる気配

    なし。試すこと数度の末、いま命脈は尽きたんだな、これは。

     

     さて、ならば新たに入手せねばならない。パソコンの導師M井しゃんに

    相談し、新宿のヤマダ電機でお買い上げ。しかしな、こうもカンタンに手に

    入れていいものか? というある種の後ろめたさが拭えない。壊れたi-book

    は、息子が買ってくれたもんだ、そん時にゃこんなすぐに買えなかったもん。

    そんな私的な気持ちなんか誰もわかっちゃくれないんだろうな、と思いつつ。

     

     すぐに届いたi-Mac、M井導師にセッティングしてもらい、最新の環境で

    まことに結構でありまする。そんときにAmazonのプライム会員なんてのも

    あるよと言われ、何気なく覗いてみて、何気なく入会してみて、何気なく

    ゴッド・ファーザーを見はじめたら、終わらないんだコレが。マズイなこれ、

    いつでも見れていつでも休止できてと来た日にゃ、仕事なんか手につかない

    に決まってる。でもそこは年の功、ダテに老いちゃいませんぜ、たんまり

    ありそーなソフトだけどそうそう良い映画があるわけでなし、いずれ近い

    うちに観るものなくなるだろう。

     

     映画に関しちゃAmazonとシネマヴェーラ渋谷で事足りる。過日、上映

    された「博徒七人」まことにけっこうでありまして、脚本・笠原和夫さんの

    苦労が偲ばれて笑いをこらえつつ堪能。心惹かれる往時の映画は渋谷でOK。

     さらにHiFiレコードがあるし。

     

     おとといメールで予約した2枚のLPを受け取って、いま聴いてるとこ。

    ローズマリー・クルーニー&デューク・エリントンはモノラル、名盤と

    呼ばれるにふさわしい演奏歌唱にウットリざんす。ヴィブラフォンと

    ピアノ異色の取り合わせの弾き語りDardanelle & Vivian Lordの二人も

    いやもうまことにけっこうでね。世に盗人の種は尽きまじ、アタイが

    知らないだけ、素敵な音楽はあまたあるもんだ、改めて己の浅学を思い

    知るときたもんだ。

     

     それにしてもレコードの素晴らしさはどうだ。わけ知り顔で偉そうに

    言う気は無いけどさ。音の違いは小さいなれど圧倒的だ。例えれば近頃

    堪能してる卵の味の違いと同様でさーね。わかる人にはわかるといった

    手合いだから話しても書いても詮無いことなれど。ひっくり返す手間が

    面倒くさいなんて言ってたアタイ、お恥ずかしいことこの上もなし。

    それもこれもHiFiレコード様様、足を向けて寝られません。

     

     音楽にしろ映画にしろ、そして本にしろ、聴いて観て読んで1日が暮れる。

    こういうのを耽溺というんだろう。そういや惑溺なんて言葉もあったな。

    耽溺にしろ惑溺にしろ、溺れることができるってことがウレシイんだ。

    これまでの経験や体験が下地になってのことに違いはないし、それらの

    諸々が判断理解の礎になってのことなんだから。あ〜、老人で良かった。

     

    若かりし時とは雲泥の差でありんす・・・・・・・・な、店主でした。

     


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