珠玉は足元にあり

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     数日前、旋盤で削る角材を加工してたら、したたかに右手の手のひらを

    打ちつけてしまい、イタイのなんの。気が緩んでたんだな。油断大敵の格言を

    まざまざと見せつけられたわい。皮はやぶれてテープを張りの応急処置、今日

    になって腫れもひいてきて力も入れられるようになってきて、まんずハァ

    良かったわい。

     

     そんなコトが起きるなんて夢にも思わないさらに数日前、ふと思い立って

    知人からいただいたモーツァルト「魔笛」を聴いたんだわ。譲ってもらって

    からずいぶん時間が経った、函入り3枚組LP。聴いてみてアレっ?なんですわ。

    違うな? いつも聴いているCDとは。なんつったらいいのかな。とても自然、

    まるで普段の会話みたい、仰々しく声を張り上げるなんてこともなく、なんか

    町内の演芸会みたいでとても親しみやすい。

     

     はて? これは一体?? 

     

     あれか? と思い立ってググってみる。昔、五味康祐さんが言うところの

    堕落する前のカラヤンの名盤か? どうもそうらしい。録音は1950年だ。

    有名になって目を瞑って妙な仕草で撮影されるズ〜っと前、フィガロの結婚

    を録音し次いでこの「魔笛」、その後しばらく干される直前、最後の録音。

    2、3のブログを読み、LPの写真を観て「やっぱそうだ!」

     

     小3の時に初めてステレオを聴いて以来、数多の曲を楽しんできたけど

    演奏の違いを実感でき得たのはこれが2回目だ。クリストファー・

    ホグウッド率いるエンシェント室内管弦楽団が最初で、2番目がこれ 。

    それも、誰かに言われて聴いてのことじゃなくて、自分で聴いて感じたの

    ですからね。自分で聴いて良さを感じ、調べた結果名盤だったのがわかる。

    この順序が重要で、逆じゃぁどうってことない。先入観の有る無しは

    どんな世界でも大きな問題だもんな。

     それもあの五味さんが手持ちのLPの中で最上と御宣託されたもんだ。

    そりゃ地下で一人天狗になってもよかろうやないですか。ねぇ。

     

     方々のブログから抜粋させていただきましょう。

    「カラヤンの1950年モノ盤のウィーン・スターツ・オペラのキャストは、

    これまでの録音で比肩するものがない。Irmgard SeefriedとAnton

    Dermotaはどちらも輝くばかりの美しさと、偉大な性格描写をもって

    歌っている。Wilma Lippの夜の女王には感嘆させられるし、Erich Kunzの

    パパゲーノは、人から人へ笑いを伝染させる歌いぶりだ。そしてLudwig

    Weberのザラストロは、賞賛に値する。会話は収録されていないが、それを

    差し引いても素晴らしいモーツァルトの饗宴である。モノ・サウンドはなお

    驚くほどヴィヴィッドで、プレゼンスに溢れている。」

    これが当の五味さんの評価

     

    「二つの全曲盤は、単に録音史的意義から言って重要なのではなく、

    モーツァルトの魂が最も麗しい姿、色調で歌い上げられた例として大きな

    価値を持つものです。」

     

    『魔笛』はもちろん『フィガロ』のような爛々と華やいだ音楽では無いですが、

    朗読とレチタティーヴォを省いた当盤で聴くと、麗しい歌曲のオンパレードの

    ようで大層興趣をそそられます。カラヤン以下、端役の歌手までが輪になって

    モーツァルトの美を共有し、水の滴るような清々しい音楽を奏でる。そこには

    天国と俗世の狭間に咲いた花のような馨りが漂います。

     ウィーン・フィルハーモニーはもとより、各歌い手もモーツァルトの芝居を

    普段着で楽しんでいる様子が伝わって来ますが、1960年代以降の演奏一般に

    この雰囲気が希薄になるのは残念なことです。モーツァルトに挑戦的になったり、

    理論で武装したりしては、たちまちその純粋な生命は損なわれる。当盤の

    メリットの一つとしては、夜の女王の最高の歌い手であったヴィルマ・リップの

    2つのアリアが聴けること。二幕目の方、「復讐の心は地獄のように」では、鬼の

    形相で凄んでみせる歌手が多い中で、彼女はモーツァルトの品位を穢さない

    器楽的な美声で歌いきっています。この名盤の雰囲気を象徴する歌唱の一つでは

    ないかと思います。」

     と、これは別の方の評価

     

     まさにその通りだなぁ。囁くように歌うところもあるし、張り切ったとこは

    なくって、それぞれの役柄がはっきりしていて違いがよくわかる。声を競う

    なんてことはなくってさ、抑揚もあるから、役を演じてるのがよくわかります。

    初めて聴く人には違いがわかりにくいかもしれないけど、異なる録音で聴き

    比べれば誰にでもわかる違いなんだわさ。

     

     魔笛といえば「夜の女王」。このLPのヴィルマ・リップを聴いてようやく

    得心がゆきました。なにね、初めてウィーンを訪れた夜に聴いた魔笛で

    夜の女王が日本人らしくてね、声は美しいものの声量のなさに「?」と

    思ったのよ。それまで聴いてたのが朗々と歌うのばっかりだったから、

    なんで?とね。でもリップ嬢は決して朗々じゃない。

     彼女が「モーツァルトの品位を穢さない器楽的な美声」のであれば、

    その夜日本人が登場したって不思議はない。きっと、仕切っていた方は

    カラヤンを聴いたことがあって、モーツァルトにふさわしい声ということで

    ご指名になったに違いない。そんなあれこれに得心と相成ったワケ。

     

    モーツァルトの理解が深まり大喜び・・・・・・・な、店主でした。

     


    モーツァルト丸噛り

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       毎夜、寝付く前のほんのひととき何かを読むのがこのところの儀式でね。

      面白い本はあるにはあるけど次々っていうワケにもゆかないのが世の常。

      はて読むものがない・・・・となると困るんだ。全集を3〜4回読んだ

      藤沢周平はほとんど物語を知ってるけど、再読してもそれなりに楽しめる。

      が、なんたって新鮮味はない。文章のはしばしにみずみずしいまるでそこに

      居るような感覚は充分味わえる。とはいえ、なんですわ。

       

       そこで思いついたのがモーツァルト事典。けっこう前に神田・古賀書店で

      購って、買ったはいいがどうしたもんやら、で放置プレイ。事典ですからね、

      楽曲がズラリと並びそれぞれの解説や詳細な資料たっぷりで読む部分ほんの

      ちょっぴり。まるで煮込んだブリのアラのようで読むとこ少ない。でも、

      少ない文章をほじくり返して読んでみるとナルホドと興趣をそそられること

      多くてさ。とはいえ元々が少ない分量だからすぐ読み終わっちゃったんだ。

       

       この興趣をなんとか持続させたい、日々の暮らしの中、仕事の合間に

      チョイと楽しみたい、とか思ってるアタイ。事典の中でモーツァルトが生涯

      作曲した全ての曲(現時点でだけれども)がこの一冊にまとめられている。

      括られているジャンルは9つ

      1 教会音楽

      2 劇音楽

      3 歌曲

      4 交響曲

      5 セレナード、ディベルティメント、行進曲、舞曲

      6 協奏曲

      7 室内楽曲

      8 クラヴィーア曲

      9 編曲、その他

       

       『「モーツァルトの交響曲の数」が決めがたい理由は、新発見や、

      偽作の除外ということの他にもある。「交響曲の範囲」、すなわち

      「交響曲というジャンルの概念をどう捉えるか」によっても、その数が

      変わってくるのである。1980年代初めに登場したクリストファー・

      ホグウッドらによる交響曲全録音は、当時まだ珍しかったオリジナル

      楽器による響きの新鮮さとともに、70曲にも及ぶその収録曲数に

      よっても、人々の注目を集めた。』

       

       この一文を読んで思わず膝を打った。愛してやまないホグウッドでも

      あるし、なんたってアタイはこの交響曲全集を持っとるんだ。箱入り

      3セットのレコード。う〜む、良いとはわかっていたけど、東京書籍の

      この名著で紹介されているんなら悪かろうはずはない。アタイの耳に

      狂いはなかった、やっぱりネな気持ちが心地いい。

       

       でね、というわけでもないけど雪の土曜日に聞いてみべえとLPを

      取っ替え引っ替えの今。清冽でキビキビとした演奏に心奪われる。

      これが当時の演奏と同じかどうか皆目わからないけど、アタイはこれで

      いいんだわさ。聴きながらおもむろにノートを引っ張り出す。事典の

      孫引き事典を作ってみようと。つまりこういうこと。

       

       モーツァルトのすべての曲を年代順に並べるのが事始め。そして、

      その年に作曲された曲らを9つのジャンル別に分けてそれぞれの欄別に

      記入すればモーツァルトの生涯にわたる作曲年代記、全容が理解できる。

      まぁ、単なる引き写しての並び替えでどうってことないことだけど。

      でもさ、少しづつできるでしょ、これなら。飽きたら仕事すればいい、

      映画観ればいい。そんなことして何になるの? 他人様がどう思おうと

      アタイは日々楽しく充実して生きてゆきたいからね。そのためには

      これはなかなかナイスなアイデアだと思っているとこ。

       

      ってなこと言いつつ、今が過ぎ行く・・・・・な、店主でした。

       


      炭火なココロ

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         東京にも雪が降る、当然のようにあなたは来ないワケだ。わっかるかな?

        数年前の大雪、アパート3階の雪かきに大汗だったアタイは「頼む来ないで

        くんろ」、地下で無雪祈願のお籠り。

         

         長年講師の専門学校を辞することにして以降、心は離れるばかり。その

        証左と言うべきか、今週の月曜日、授業があることをすっかり忘れてもうて。

        授業開始時刻に地下でのんびりコーシーで一服しとったんだ。アシスタント

        から☎があっても、なんの用事だ?とまだ気づかない体たらく。折り返し

        ☎しようとしてようやく気付いて平謝り、おっとり刀で首都高飛ばして

        直行。

         

         さておき、炭火についちゃ以前記事にしたことがある。今年に

        なって念願だった炭火が本格始動と相成ったと思ってくんねえ。今、Accu

        Radioでジュディ・ガーランド「I Happen to Like New York」が流れて

        うっとり。今じゃ誰も口にしないんだろうな、ジュディなんか。そして

        ノラ・ジョーンズだ。次々と流れる音楽に浸ること「いとをかし」ってか。

         

         で、炭火だ。以前は時々だったんだ。毎日連続して暖を取ることはなく、

        そのたんびにカセットコンロで着火することの「なんだかな〜」感に

        苛まれていたのよ。昔なら、新聞紙丸めてマッチで火をつけ  またもや

        ローズマリー・クルーニーかい、エエやないか。ほんでもってダイアナ・

        クラールだ。記事が一向に進まないやないか。で、薪に火を移し消し炭

        を置いておもむろに炭に進むってことなんだろうけど、今じゃカセット

        コンロってことに負い目充分なアタイ。

         

         でも毎日炭火ってことなら、前の晩に2個程度の炭を追加して灰で

        覆っておけば翌朝そのまま継ぎ足せばOK、なんだ簡単じゃんか。

        毎日手を加え続ければカセットコンロの出番なし、経験済みの方々には

        当たり前すぎてそんなことも知らんのか!と叱られちゃうことだけど

        ど素人のこちとら、そんなことを知っただけでもけっこうな満足感でね。

         

         火鉢にゃ鉄瓶だろと銅板から打ち出したやかんを探しに青山まで

        出向いたけどあまりの高額ぶりに二の足三の足。なによりも五徳が邪魔で

        どうにもならない。鋳物の脚があるおかげで炭の置き場所が制限される

        のに我慢ならない。やっぱ天井から吊り下げるのが最良の案なんだなと

        古人の知恵に今更ながら感心したりして。

         

         朝、地下の室温はおよそ14度。炭を掘り返し継ぎ足し赤々な炭火で

        数時間、徐々に室温は上がり20度になれば充分だ。これに小さなオイル

        ヒーターが加われば温暖時間はもっと早くなるのは当たり前。でもさ、

        寒いのが少〜〜〜〜〜しづつ暖かくなるのもいいもんでね。寒けりゃ

        その分着込めばいいだけの話だからさ。どうってことはない。こうして

        毎日炭火を堪能しているワケだ。

         

         手をかざせば直火の暖かさ、部屋全体はほのかな暖かさに包まれる。

        問題といえば、炭の火の燃えカスともいうべき薄い灰。この灰で炭が

        包まれると火の勢いは落ちいずれは消えてしまいます。だからさ、時々

        火箸でいじって薄い灰を落とさなければならない。ペギー・リーの

        フィーバーか、聞き馴染みだけどもいい。ほんでもって時折炭を足せば

        OK。さして難しいことじゃぁない。

         

         こうして炭火と付き合い続けるとつくづくヒマな誰かが傍にいないと

        どうにもならないことを改めて知る。それは誰か?となると老人しか

        いないだろ。み〜んな仕事で出払っていて無人の家では無理な話ダス。

        家族が分散し、それぞれが一家を構えることになって久しいけどさ、

        それで失われたことっていっぱいある。そりゃ確かにアタイだって

        大家族の生活なんか無理も無理なんだけど。子供が結婚し家を出て

        夫婦二人っきりになって、アタイたちが死んだらこの家はどうなる?

        なんてことを考えるとついつい大家族のことを考えてしまうんだわさ。

         

        炭火に手をかざし、今日この頃な・・・・・店主でした。

         


        隠居生活

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           年末、人生で初めて夜回り体験をしたんだ。町会に参加して最初のお仕事。

          夜9時に神社に集合、まずは一杯と酒を飲む。こんなんでいいのか? と思い

          つつも、寒いからな、まぁそういうもんだろ、炭火に手をかざしつつ呑んで

          いたら、警官登場。ご苦労様へのご挨拶ってとこだ。ヒッチコックじゃないけど

          警官に良い思い出なんかない。とはいえ違反をしたわけじゃないし、腰ベルト

          の小さな皮バッグや靴なんかにツッコミを入れて可愛がってあげたてたら

          署長まで来て、う〜む・・・・・・そういう付き合い関係があるんだな。

           

           夜回りは無事終わり、まだまだ呑むぞな雰囲気だけど、こっちの膀胱が

          悲鳴をあげて、残念ながら自主早退と相成る。もっと呑みたかったなァ。

          ほいでもって、年明けた15日に新年会があったんだ。定例会議での挨拶は

          済ませてるけどさ、親しく話をするのは初めてだから、どんな雰囲気なの?

          まぁ行って見んべえ、町内のレストランおよそ30人、アタイのテーブルは

          女性3男性3の構成でね。隣の男性、我が家から歩いて数分に住む、下丸子

          に住み始めて70年、ヘェ〜すごいな! と思ったのもつかの間、考えて

          見ればアタイだって65年くらい住んでるから同じじゃん、あれやこれや

          聞きまくりまことに結構な時が過ぎる。いいもんだなぁ〜。

           

           仕事がらみの付き合いじゃないのがイイ。単に近所に住んでいるだけだ。

          お金が絡むこともない、妙な人間関係もない、ことが素晴らしく気楽だ。

          これが古来言われている隠居ってものなのか。つくづく思ったワケだ。

           

           ちょっと違うかもしれないけど、こういうのを「連」っていうのかしら。

          仕事とは関係のない集まり、それぞれの連に本名以外の別名を用意して

          楽しむ、杉浦日向子ちゃんが教えてくれた江戸時代の生活ぶりがまざまざと

          実感できる良い年齢になったってことか。そういや、悪所で本名の頭の一語

          だけで呼ぶ習慣があったな。さしづめ村越なら「ム〜さん」ってとこだ。

          今もそうなってるのかな?

           

           新年会の宴もたけなわ、議員が次々と挨拶に来る。区が二人都が一人、

          いずれも自民党でね、こういうのがドブ板選挙って言うんだなと再認識

          したわけよ。町内のあれこれに助成金をつけるってこともあるんだろう

          けど、何よりも手始め第一歩の挨拶と言う儀礼は欠かせないのと違う?

          なんで他党は来ないのかね。地元密着を目指す共産党ならば真っ先に

          顔出しすべきだろうに。清く正しく美しくな感じの共産党は酒宴の席

          には参加を控えるお達しでも出てるのかしら。今度聞いてみようっと。

           

           隠居生活を始めるにあたって長い関係の専門学校の講師を辞し、

          数年続いた茶箱の脚の製作も辞退することにしたんだ。講師はなんだ

          かんだ50年の付き合いだったけど、辞めることになって気が軽く

          なったことに驚いたんだわさ。週一回3時間の授業だったけど、教える

          ことの心の負担がかくも大きかったんだと痛感させられたのよ。

          いろんなしがらみがなくなって気軽な身になったことの喜びって

          いうかさ、自分のやりたいことに没頭できる心地よさっていうかさ、

          死ぬまでこれで行けるという確信の日々に心は踊るってもんだ。

           

          炭火の爆ぜる音が気持ちいいぜ・・・・・・・・な、店主でした。

           


          栄枯盛衰身にしみる

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             重宝していたCDデッキ、突然すべてのボタン操作に反応しなくなった。

            5枚のCDがセットできて、どれでも好きな曲が選べて、ランダム再生も可能。

            それが壊れた。作業しながら聴くもんでね、一枚づつだと面倒なんだ。

             

             以前から、音飛びもあったし、妙な一時停止もあったから、壊れても驚きは

            しない。トレイが開かないとか一部の操作に反応しないならなんとかなりそう

            な気はするけど、どのスイッチにも反応しないとなるとアタイにゃ無理。

            考えてみれば中古で買ったもんだし、使い始めてからかなり経つ。よく働いて

            くれたもんだ。

             

             で、次を用意せねばならない。オークションでしか入手できないだろ。今時

            CDなんか聴く人少ないだろうし、ましてや5連奏ならなおさらのこと。そう

            思ってからしばらく経って、数日前オークションを見たら4800円が。ふーむ、

            安すぎないかい。高いのだと3万円台だ。昔日を知ってるこちとらいずれに

            しても安いもんだ。

             

             そもそもCDデッキは、読み取り部分が壊れたらどうしようもない。新品

            買って故障する頃にはメーカーも部品がなくなることもあるし、第一修理

            そのものを受け付けてくれない可能性も高い。どんなに古くても修理対応

            してくれるのはTEACしかない、と聞いたかことがある。そこがアンプと

            違うとこだ。アンプならオリジナル部品はまだあるし、なければ代替え部品

            でも修理できる。だからなのかアンプには名機が存在するけど、デッキには

            ないってことだろう。

             

             ってことはですよ、高価なデッキを買ったところで修理できないとなれば

            意味ないじゃん。だったらそこそこの性能のデッキを買ったほうが賢いだろ。

            以前愛用してたパイオニアPD-5000だって部品が入手できないから放置

            しっぱなしだもん。ま、CDデッキは消耗品なんだなと一人合点。そうと

            決まれば話は早い、4800円を入札、競合相手もなく、あっさりと落札し

            さっき届いて聴いてるとこ。なんの問題もなく作動してて音だって悪くは

            ない。聴きわけることなんかできない耳しか持ってないアタイなら尚更だ。

             

             それにしてもCDの凋落ぶりはどうだ。たかだか40年くらいでこれだ。

            レコードは100年以上の歴史があるし今も現役だ。テープだって同じ。

            カセットもmazdaluce3000氏がちょいとレストアして出品したらフル

            レストアしてくれ!時間がかかっても構わない、いつまででも待ちます

            なんて落札者が出てくるほどだ。そこへゆくとCDの未来は暗い気持ちを

            抱いちゃうのはアタイだけか?

             

             これは録音媒体そのものの性能だけじゃないと違うかしら。再生する

            機器が壊れても修理できる、つまりは一生使える安心感信頼感が下支え

            しとるんじゃないっすか。これって紙媒体の本と電子本の違いとも言える

            のかもしんない。そりゃ違うわい、って言われちゃうかな? ッテヘ。

             

            安すぎる不満ありつつも快調デッキ満足しきり・・・な、店主でした。

             


            月蒼くして

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               正月も明けて、今日は11日。鏡開きなのか? どうもそうらしい。

               神棚に供えた丸餅をなんとかせねば。去年はパック入りのにしたら、放置

              そのままで数ヶ月、いかになんでもと思い近所で買い求めた裸?の餅の今年。

              下げて水に浸けて汁粉で召しあがろうかいな、と。

               

               昨日は朝から映画の続きを観た。コーエン監督の「ノー・カントリー」。

              むろんi-Macで。いや〜な感じの映画だな、これ。この感じがファンには

              たまらないんだろうな。麻薬絡みの金を取り合うのが大筋だけど、要は

              取り合う方法で、微に入り細に入りなディティールが嬉しい。こりゃ

              まるでヒッチコックだなぁと一人悦に入ってしまったやないか。200万ドル

              の金は、言って見ればどうでもよくってさ、奪い合う過程に心奪われる。

              ヒッチコックの場合は、それが機密事項だったりウランだったりしたけど、

              肝心の機密やウランは単なる筋立てに必要なだけで、本筋は追っかけや

              騙し合いや伏線の張り方だったもんな。「ノー・カントリー」もそんな

              感じがした。

               

               観終わっていや〜な感じのまま、工房でちょいと仕事。昨年末、神戸

              から依頼のあった茶箱の脚だ。これ、けっこう難敵でね、今までと違って

              ちょっとでも気を抜くと一気に失敗してしまう。寄る年波か空腹のせいか

              指先の震えが原因か? あるいは刃先の角度なのか? ビビって緊張感

              満載、恐る恐る削る。それもようやく終焉を迎え、残るは簡単な丸棒、

              一本試しに作り、目処がついて昼食だ。

               

               一服の後、渋谷へ。シネマヴェーラへ。「月蒼くして」「裸の拍車」

              を観に行かねば。いや別に行かねばならないってことじゃないんだけど。

              「月蒼くして」53’ オットー・プレミンジャー監督の舞台劇の映画化、

              「裸の拍車」53’ アンソニー・マン監督の西部劇、どちらも双葉十三郎

              著「ぼくの採点表」で75点だったもんで、観ておこうかとね。これが

              75点なんだなと、一人納得。もちろん映画よかったっすよ。いろんな

              映画があるんだな〜、いろんな作り方があるんだな〜。

               

               1日で3本の映画を観たのはいつだったかしら。数十年前なことは

              確かだ。風呂桶にたっぷりな映画、からだを沈めてザザーと湯ならぬ

              映画が溢れ落ちる気分だ。仕事に追われることもなく、時間を贅沢に

              使えるようになった年齢になって、あれ? 時の流れがゆっくりに

              なってきてない? まるで子供の時みたいだ。なんて思うこの頃。

               

               映画を観終わり、取り置いてもらってたLP二枚をHiFiレコードで

              受け取って、おまけのCDを今聴いてるとこ。いいな、これ。少なく

              とも私より音楽に詳しい方がいろんなジャンルから編集したのを

              聴くのはいいもんでっせ。マジで。自分で選ぶんじゃなく、他人が

              選んだもんだからね。それがいい。それにしても「3回目ですね」

              とレコード店主に言われたのには驚いたね。よく覚えてるもんだ。

               

               駅まで行く道々、途中の洋服屋を散策。後日知った東京で最初の

              ポール・スミスは定番コース。また来ていただいたんですね、と

              女性店員。洋服にゃめっきり興味が遠のいたアタイ、ほとんど買う

              気は無いけんど、一応ってことで店内を見て回り数分で圏外に。

              その後、他の店なんとなく気になって御入店。奥の奥、50%セール

              の中にパンツ発見。作業着にピッタリ! サラサラしてるから木屑は

              つかないしベルトがゴムだから動きも十分。いかにも若い男性

              スタッフは「Lの方がラインがきれい」なんて怖々な感じの説明に

              思わず心の中で苦笑。いやいやこちとら単なる作業着にと思うだけ、

              ラインなんかどうでもいいのよ。生地とサイズと着心地だけで

              買うんだからさ。若者スタッフにしてみれば私みたいな老人客に

              どう接すればいいのかわかんないんだろうな。わかりますよ、

              その気持ち。

               

              ってなこと思いつつ、あ〜ぁ面白かった・・・な、店主でした。

               


              人生初めて、満足極まりなし

              0

                 息子が買ってくれたi-bookがついに壊れた。以前修理してもらったM井氏の

                手を煩わせこともなかろう。なんたって10年使ったもんな。かなり前から

                不具合が出てきて、また直したところでアンプみたいにゃゆかないに

                決まってる。で、M井氏に手を引かれ新宿ヤマダでi-Macを贖い、ついでに

                セッティングまでしていただいて、一人になりいざスイッチON。ずいぶんと

                遅れて来た新人老人な心境。

                 

                 まずは、おせ〜てもらったAmazonプライムを観、Accu Radioを聴く。

                ウーム、映画が観れる! 今頃そんなこと、バカにされちゃうな、きっと。

                ほんでもって音楽が聴ける。とりあえずイヤフォンからの接続だけど、いい

                音だ。以前とは雲泥の差とはこのことだろ。いろいろ聴いて、結局ポップ

                スタンダードに落ち着いたわけだ。今んとこ。ガーシュウィン兄弟、コール・

                ポーター、ハロルド・アーレン、よどみなく流れる名曲の数々にウットリ。

                なんでこれがタダなんだ! 責任者出てこい!!

                 

                 Accu Radioの画面の下、流れてる音楽のアルバムタイトルが出てて、

                いいなと思う曲はすぐにAmazonで検索して入手できる。なんてこったい!

                素晴らしすぎるやないか。一番のお気に入りガーシュウィン兄弟を聴いてる

                と、度々好感度大なシンガーが耳に留まり、誰だ? 聴いたことあるけど、

                なんだエラ・フィッツジェラルドやん。いまさらながらでお恥ずかしい。

                Amazonで3枚組をお買い求めになり、今も聴いてるとこ。いいなぁコレ。

                ぜ〜んぶガーシュウィンだもんな。馴染んだ曲もある、初聴きもある、

                ほとんど全部良しときたもんだのっし。心泣きのアタイだ。

                 

                 でかいi-Mac、机を直さにゃ置けない。あわてて長大なデスクこさえて、

                アンプも2台セットし、ちんこいスピーカーも2セット、机上に棚を吊り、

                レコードBOXを作り、書類&カタログも、とりあえずはコレで万全だろ。

                たかがi-Mac一台でこの騒ぎ、大人気ないか? いやいやそうではあるまい。

                なんたって地下が激変し、影響は地上の店にも及び、店の常時開店に

                抵抗する輩は無くなって祝着至極。

                 

                 あれ? 店は常時開店じゃないの??

                 そう言われて返す言葉なし、まったくナシのアタイ。今までは常時

                ではなく間欠だったのさ。あえて申し上げよう、その理由。

                 

                 常時開店し続けるってことはさ、常時そこに居ないとならないのは

                当たり前だ。仕事してる時もちょっと一休みの時も居るってことだ。

                アタイ一人だからさ、家でゴロリ、テレビ観る、ときは店はカラッポ、

                誰かが来ても気がつかない。そりゃマズイっしょ。ってことでついつい

                開店しないで、地下に潜行するってことあったんだよね。仕事してる

                ときはいいんだ。問題はちょっと一休みの時。壊れたi-bookじゃYou-

                tubeしか観れず、かといって面白い記事も限られるじゃん。

                 

                 なんていうことでしょう! i-MacではそんなことまるでNothingゥ。

                好きなんです、このフレーズ。いつでも観れる映画、一時停止しときゃ

                次の一服に続きが観れる。まるで昔の映画館みたいだ。映画に飽きたら

                Accu Radio。いやもうまったく地下を離れる理由が見当たらない。

                終日居続けてもOK。ついに整った開店準備、苦節10年以上、それも

                コレも全てはi-Macのおかげザンス。感謝してもしきれませんのだ。

                 

                 齢70を目前にしてこの環境、今後いつまで続くかわかんないけど、

                まずは一安心、んでもって一服。比較的最近の映画はAmazonプライム、

                そこで観れないのは手持ちのDVD,VHS、さらにDVD,VHSでも不可な

                映画はシネマヴェーラ渋谷がある。音楽もしかり、Accu Radioで聴き、

                Amazonで入手し、それでも不可なレコードは渋谷・HiFi レコード。

                いずれも三段構え、コレでもダメなら会うまで待とうホトトギス。

                 

                 

                これ以上何を求めるのか・・・・・・な、店主でした。

                 

                 


                耽溺とはこのことか

                0

                   ある日、いつも通り、気散じに、you-tubeを観ていたわけだ。いきなり、

                  けたたましいノイズ、鳴り止まず、電源を切り、一服、の後、おもむろに

                  起動したが、ブザーのような異音が3回、間をおいて一向に収まる気配

                  なし。試すこと数度の末、いま命脈は尽きたんだな、これは。

                   

                   さて、ならば新たに入手せねばならない。パソコンの導師M井しゃんに

                  相談し、新宿のヤマダ電機でお買い上げ。しかしな、こうもカンタンに手に

                  入れていいものか? というある種の後ろめたさが拭えない。壊れたi-book

                  は、息子が買ってくれたもんだ、そん時にゃこんなすぐに買えなかったもん。

                  そんな私的な気持ちなんか誰もわかっちゃくれないんだろうな、と思いつつ。

                   

                   すぐに届いたi-Mac、M井導師にセッティングしてもらい、最新の環境で

                  まことに結構でありまする。そんときにAmazonのプライム会員なんてのも

                  あるよと言われ、何気なく覗いてみて、何気なく入会してみて、何気なく

                  ゴッド・ファーザーを見はじめたら、終わらないんだコレが。マズイなこれ、

                  いつでも見れていつでも休止できてと来た日にゃ、仕事なんか手につかない

                  に決まってる。でもそこは年の功、ダテに老いちゃいませんぜ、たんまり

                  ありそーなソフトだけどそうそう良い映画があるわけでなし、いずれ近い

                  うちに観るものなくなるだろう。

                   

                   映画に関しちゃAmazonとシネマヴェーラ渋谷で事足りる。過日、上映

                  された「博徒七人」まことにけっこうでありまして、脚本・笠原和夫さんの

                  苦労が偲ばれて笑いをこらえつつ堪能。心惹かれる往時の映画は渋谷でOK。

                   さらにHiFiレコードがあるし。

                   

                   おとといメールで予約した2枚のLPを受け取って、いま聴いてるとこ。

                  ローズマリー・クルーニー&デューク・エリントンはモノラル、名盤と

                  呼ばれるにふさわしい演奏歌唱にウットリざんす。ヴィブラフォンと

                  ピアノ異色の取り合わせの弾き語りDardanelle & Vivian Lordの二人も

                  いやもうまことにけっこうでね。世に盗人の種は尽きまじ、アタイが

                  知らないだけ、素敵な音楽はあまたあるもんだ、改めて己の浅学を思い

                  知るときたもんだ。

                   

                   それにしてもレコードの素晴らしさはどうだ。わけ知り顔で偉そうに

                  言う気は無いけどさ。音の違いは小さいなれど圧倒的だ。例えれば近頃

                  堪能してる卵の味の違いと同様でさーね。わかる人にはわかるといった

                  手合いだから話しても書いても詮無いことなれど。ひっくり返す手間が

                  面倒くさいなんて言ってたアタイ、お恥ずかしいことこの上もなし。

                  それもこれもHiFiレコード様様、足を向けて寝られません。

                   

                   音楽にしろ映画にしろ、そして本にしろ、聴いて観て読んで1日が暮れる。

                  こういうのを耽溺というんだろう。そういや惑溺なんて言葉もあったな。

                  耽溺にしろ惑溺にしろ、溺れることができるってことがウレシイんだ。

                  これまでの経験や体験が下地になってのことに違いはないし、それらの

                  諸々が判断理解の礎になってのことなんだから。あ〜、老人で良かった。

                   

                  若かりし時とは雲泥の差でありんす・・・・・・・・な、店主でした。

                   


                  HiFi Record Store

                  0

                     どこかで読んで、かなりの後日、訪れたバーの客が口にしたのよ。場所も

                    時間もまったく違う、が内容は同一、であるならば足を運ばなくちゃならん。

                    ということで渋谷にあるレコードショップへ行ったワケ。渋谷駅から原宿へ

                    歩いて6分ぐらい、HiFiレコードだ。

                     

                     エレベーターで上階へ。決して広くはない店内、ダンボールに納められた

                    レコードがズラリ。店主らしき方がいて、も一人スタッフらしき方も。

                    いつも通り「見せて下さい」と断りを入れておもむろにテキトウに探すふり

                    なアタイ。どうやらほどんどレコードでCDはほんのちょっぴりらしい。

                    目についたLPを手にすれば、

                     アルバムのカンタンなメモがすべてのLPに挟んである。ウーム。文面を

                    見ればかなりのものとすぐわかる。通り一遍の紹介じゃぁないんだ。

                    ちなみにコレ、スリーサンズという三人組のインストだけど、「クワイ河

                    マーチをラウンジーなダンスナンバーに仕立ててある」で購入決定。

                    もともと好きなバンドでもあるんだけどさ。このメモで買う気にさせられ

                    たんだ。

                     

                     でね、もう一枚つごう二枚買ったんだけど、袋に入れてくれたときに

                    5千円以上(確か?)お買い上げの方にはとかなんとか言ってCDをくれ

                    たの。

                     これなんだけどね。さっき聴いてみたら75分の中にいろんなジャンルの

                    曲が入ってるわけ。一聴してすべて違う曲だし、歌手やバンドも違う。

                    おまけのCDにしちゃ手が込みすぎてる、ヘェ〜って感心したんだわさ。

                    2018 Octoberというからにゃ毎月作ってるんだろう。もちろん同じでは

                    ないに決まってる。違う曲だろ。そうでなきゃ常連は納得しないもんな。

                    手間はかかるだろうけど、これに惹かれて善光寺(違うか? 違うな!)

                    毎月5千円買ってみようかと思う客はいるんと違いまっか。

                     

                     バーの客からメールマガジンがあることを教えられ、早速申し込んで

                    みたわけさ。毎金曜に送られてきたのをみてこれまたビックリ。中味は

                    てんこ盛り気合いが入ってることこの上もない。確かになー、いまどき

                    レコードで商売しようって思うんならこれぐらいのことしないとイカン

                    ってことなんだろうけど、それにしてもだ。商売心でやれるもんじゃ

                    ない。好きこそものの上手なれ、きっと好きで好きでしょうがいない

                    んだろう。音楽に対する愛が溢れてるもんな。

                     

                     でね、HPをよくよく見てみれば、紹介されているレコードは店で

                    買うための申し込みもあるじゃん。さらに数曲の試聴も出来るときた。

                    まぁ、考えられるすべてのサービスをやっちまおうってことなんだろう

                    けど、至れり尽くせりにホトホト感心してるとこ。

                     誘われるままに知ってる歌手を検索してみればこれが全然ヒットせず。

                    どうやら有名どこは扱っていないらしい。たまたまかもしれないけど。

                    ってことで各ジャンルを散歩していたらレス・ポールかぁ。ラヴィン・

                    スプーンフルめっけ、シェリー・フェブレーもありまする。いいかも?

                     

                     興味はあるけど扉が見つからないハワイアンもみっしりあるし、

                    カントリーもざくざくありそう。こりゃ、再訪したときにまずはどの

                    あたりから探りを入れればよかもんね、おせ〜てもらわなくちゃ

                    ならないぞなもし。

                     

                    楽しみに巡り会えてウレシイっす・・・・・・・・・な、店主でした。

                     


                    久方ぶりな名人との出会い

                    0

                       欧州で調子こいてカードを使いまくり、請求書を見て一瞬青ざめた。

                      だがしかし世の中良くしたもの、帰国早々茶箱の脚のたんまりな注文、

                      なんとかクリアし、ホッと一息な今日この頃。

                       

                       10月 1日は水道橋へ。週一日だけ木工をおせ〜るために学校に出向く。

                      アタイの授業は選択でね、3時間の中で数回の説明を行うんだが、案に

                      相違して説明時間は80分もある。いかになんでもそんなには説明する

                      ことはない。せいぜいが30分程度。でもってけっこうな時間が

                      余っちゃって、はて? どうやって時間をつぶしましょうかね。

                       

                       とにかく行き付けの古本屋へでも行ってみよう。高平哲郎さんの

                      映画に関する対談を買い、戻ろうと店を出て、ふと安価本に目をやれば、

                      「圓生の録音室」京須偕充・著。パラパラめくったら滅法オモロそう。

                      買って一晩で読了してしまったやないか。

                       

                       時は1973年4月12日の午後、CBSソニーの社員の著者が三遊亭圓生

                      の自宅を訪れるとことから始まる。ちなみにこの年の3月圓生は御前口演

                      を行った。宮中へ伺って両陛下の御前で一席ということだ。若年のみぎり

                      より圓生ファンだったアタイにとっちゃ願ってもない一冊が天から降って

                      きたみたい。よだれ流して一晩読破と相成った次第なんざんす。で、

                      内容はって〜ぇと、それまで誰もやってない圓生の人情噺をレコードに

                      録音しよう、ついてはご本人の承諾を得なけりゃならない、君行ってこい

                      と任されたのが京須さんなのだ。

                       

                       人情噺は、一般的な落語と違いくすぐりはきわめて少ない。故に、商売

                      になるかどうかわからず、誰も手を出さない代物に果敢にチャレンジした

                      顛末がこの本なのよ。演目は「真景累ヶ淵」「牡丹灯籠」「乳房榎」

                      その一、「髪結新三」「梅若禮三郎」「松葉屋瀬川」その二、「双蝶々」

                      「ちきり伊勢屋」「札所の霊験」その三。全部でLP25枚豪華函入り、

                      解説書もあり対談もある。これ欲しい!! ネットで調べ、日本の古本屋

                      で調べたけれど見当たらない。やっぱりね。45年も前のレコード、しかも

                      笑いが少ない落語なんかあるわきゃないか。

                       

                       一件だけカセット18本があることがわかって豊島区まで行き、隣りに

                      志ん朝のが19本あって、それぜんぶ頂戴と大人買いじゃ。〆て17,000円也

                      だったかな。でもそん中には人情噺はない。

                       

                       ないとなれば是非にでも聞きたくなるのが人情だ。あそこならあるかも

                      と思って、学校近くのレコード屋さんに足を伸ばす。以前、階段脇に

                      落語のレコードを見たことあってね。圓生のレコードあります? 店主

                      が指差す先に棚があり、左から右に目を移すと、なんと三函そろい踏み。

                      すでに17,000円も使ってる、でいくら? と聞いたら25,000円也だと。

                      値切るのは苦手だけど、値切らないと失礼かな? そんな気持ちで、

                      おまけしてもらえる? 店主計算したふり(多分)して22,000円で

                      いいがす。そいじゃそれで

                       

                       ってことで手を打ち、そこの「いもや」に昼食を食べに行くんで、

                      その帰りに叉寄りますから、いもやもあそこだけになってしまったね、

                      二言三言交わして。天ぷら定食の後、コンビニでお金おろして

                       これが我が物になった。支払いのとき、いくらでしたっけと聞いたら

                      お昼代なんやかやの出費がかさんでるだろうから20.000円でいいと。

                      いやそれはあんまり安すぎる、中をとって21,000円でどうですか?

                      と言おうと思った矢先に「それじゃ22000円で」と店主に先を越されて

                      しまい、内心苦笑いなアタイ。数秒の間の短いやりとりはまるで落語の

                      世界だなァ、といたく上機嫌なんだわさ。

                       

                       帰って早々、まずは真景累ヶ淵を聞く。録音時の経緯はすべて頭ん中

                      に入ってる。現場の様子もおおよそイメージできている。その上で

                      聞くのは生まれて初めてのことでね。とても不思議、タイムスリップ

                      したようだ。出来? そりゃいいに決まってる。

                       

                      至極満足、豊かな気持ちで過ごせまする・・・・・な、店主でした。

                       



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