比べてわかる価値もある

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     夕刊でコンサートを知り昨日聴きにゆきました。日増しに重い腰、なだめ

    すかして、とにかく家を出よう、行くか行かないかは途中の気分次第と、まずは

    ヤンイーの本を借り換えようと図書館、あいや〜休館かい、しかたない返本だけ

    して、TUTAYAにDVDを返却して、その足で古着屋ZIRA。Dr.マーチンの靴が

    いい、オールドコーチのバッグもいい、2つ買えば2万円、でもな靴箱満杯

    だしバッグだって不要不急のもんだ、と後ろ髪引かれつつ店を出る。

     

     小腹が減った、回転な寿司をつまみつつ、コンサートに行ったもんかどうか。

    演目はモーツァルトのレクイエムだ。場所は東京オペラシティ、初台にある。

    新宿か〜、面倒だな、大嫌いな渋谷駅、東横線からJRに乗り換えるのになんで

    こんなに歩かにゃいかんのだ、が嫌いな理由。とはいえ、ここらで聴いとか

    ならんだろ、根拠のない切迫感、値段もS席5000円と適価だし。レクイエムは

    オーケストラに4人の独唱者と合唱団の三点セットだから、そうそう機会は

    ないだろ・・・・・・・・・なんだかんだで行く事にした。

     

     事前に☎して空席状況を確認、空いていますよ〜みたいなのんびりとした

    返事、大丈夫かいな?といささか不安になったけど、当日席はあり、一番前の

    5000円にする。舞台向かって右側だ。ここならチェロやコントラバスの真ん前、

    たっぷりと低音聴けるだろ、の思いと裏腹に団員が登壇すると目の前は第二

    バイオリンとそのまた右にトロンボーン3本とトランペットが二本、金管の

    音がやけに聴こえてバランス悪いことこの上もない。まいったな〜。でも

    決めたのはオレ様だしな、文句言って詮方なきこと。

     

     さらに照明があった。ふだん地下で聴く時は照明暗いんですよ。それが

    演奏会となればけっこうな明るさの中で演奏は進むわけだ。なんか恥ずかしい

    って感じ。演奏を聴くのに恥ずかしがる必要もない、それって変じゃない、

    と思われるかもしれないけど、アタイは恥ずかしい気持ちなんだからしかた

    ない。その感じは、SEXと似てる。日本人の多くは暗い中でSEXするのと

    違いますか? くらべて外人は明るい中でも平気でSEX。古い人間なアタイ

    だからそう思うのかもしれないけど。演奏している舞台を見ていると、

    まるでSEXを観覧しているような気持ちになって、最後まで奇妙な違和感が

    拭いされないんだ。困ったもんです。

     

     コンサートそのものは良かったですよ。全部知ってる曲ばかりだし、

    なんたって生演奏だからさ、ノイズ皆無(当たり前だ)、自然で雄大な

    低音、ストリングスの美高音に聴き惚れる。天才・モーツァルトの♬一つ

    一つが心に沁み入る。第一第二バイオリンの微妙なハーモニー、オーボエ

    とクラリネットの共演素晴らしく、まさにウットリとはこのことだ。

    やっぱし、え〜でんな〜、モーツァルトは。

     さらにこんなこともわかったような気がしたんだ。

     

     レクイエムは第二楽章の途中までがモーツァルトの作曲で、それ以降は

    誰かが代わりに作曲したんだ。なんたって書きながら死んじゃったからね。

    作曲なんかしたことないし出来ないから、あくまでも私なりの仮説でしか

    ないけどさ、作曲するときに始めの曲から少しずつ書き進めるなんてこと

    ないと思うの。私がデザインするときだって、いろんなアイデアが断片的

    に浮かんで、それらをまとめつつ最終的なかたちに仕上げるからさ。

    天才モーツァルトはどんな過程を経て曲を完成するのかわからない。

    ひょっとして曲ぜんぶ一気にイメージ出来ちゃうのかもね。でも、もし

    そうだとして浮かんだイメージを一気に書き留めることなんかできや

    しません。少しずつ書き進めるしかない。なんたって思い浮かぶのは

    一瞬だろうけど、それを書き留める手が追いつかないもんな。

     

     ってことはですよ、思い浮かんだ曲全部の一部分だけでもメモする

    のが当たり前なんじゃないかな。レクイエムは全部で13曲だ。これ全部

    が一気にイメージされるのかもしれないし、断片的なメロディが無数に

    浮かんでくるのかもしれません。どちらにしろ13曲全部のメロディや

    楽器編成なんかを一気にイメージして、一音一符忘れることなく最初

    から粛々と書き進めることなんか出来るのかね? いくら天才でも

    そんなことは出来ないだろう。

     

     ってことはですよ、断片的なメロディの膨大なメモがあって、死んだ

    のちに誰かがそれを元にして書き継ぐことは想像に難くない。メロディ

    は始めの部分もあるだろうし、途中も、最後もあるだろう。アイデア

    ってのはバラバラで、順序よくなんてことはあり得ません。手掛かりに

    なるメロディの断片さえあれば、そこそこの能力であれば書き続ける

    ことは出来るでしょう。一番の問題は魅力的な旋律や楽器編成の種

    としてのアイデアが生み出せるかどうかにかかっているのと違いまっか? 

    小さなヒントがもっとも大切で、生み出すのがムズカシイもんだと

    アタイは思うんだ。

     

     で、レクイエムを聴いてたら、ここは違うだろ、この部分は

    モーツァルトが書いたんだろ、聴きながらわかったような気になった

    んだ。あくまでも「わかったような」って感じだけどネ。だって

    曲の初めは魅力的な旋律だけど途中から飽きちゃうみたいになった

    ものもあったし。あのモーツァルトがこんなどうってことない旋律

    書くわきゃない、でも時に突然魅力的な旋律が出て来たりする、こりゃ

    一体どうしたわけ? って思ってしまうこと多々でね。今まで散々聴き

    続けたレクイエムだけど、薄々感じてたことを改めて明白に理解できた

    (あくまでもわかったような感じでしかないけど)ことは、今回

    の演奏会で得たステキなことだったんだわさ。

     

     しかし聴くうちに眠くなってくるんだ。曲はいい、楽器の音色もいい、

    なんで眠くなるんだ? 編成が大掛かりすぎなのか? あるいは指揮者の

    せいなのか? といってもこちとら素人だから、偉そうなことな〜んも

    言えないんだけど。

     

     訝しい気持ちを抱えながら帰宅。今、コーヒーを飲みながらレクイエムを

    聴き続けることすでに四回なアタイ、演奏はクリストファー・ホグウッド指揮、

    エンシェント室内管弦楽団&合唱団。ふ〜む、アタイやっぱこっちのほうが

    いいや。なんたって歯切れがいいもんな。ソプラノは愛するエマ・カークビー

    だしね。しかもですよ、舞台に向かって真ん中真っ正面の音を聴けることは、

    バランスだっていいに決まってる。そりゃ生演奏と比べればアタイのチン恋

    オーディオなんて比べようもない音だけど、そいでも地下で聴くほうがいい

    なぁ。

     

     昔、グレン・グールドが演奏会を嫌って録音に専念したことがアタマから

    離れない。五味康祐氏だって生演奏を信奉する風潮に異論を唱えたことも

    あった。生演奏をできるだけ忠実に再現するのがオーディオ(それがHifi)

    だと言う人もいた。そりゃ確かにそうだけど、だからといって家で聴く

    音楽よりも生で聴くほうが上位に来ることを金科玉条のごとく崇め奉る

    ことに些かならず疑問のココロなのだ。演奏会場で一番いい席で聴ける

    チャンスはそうそうないだろうし、演奏にミスは付きものだろう。そう

    考えるとグレン君五味ちゃんの考えに大きな共感を抱くことになる。

     

     趣味趣味の世界だから、他人の嗜好や志向を否定する気はまったく

    ありません。だから、アタイの考えを否定する方がいることは当たり前。

    今回の小さな経験でわかったことは、アタイのオーディオの価値の再認識。

    家でいつでも聴ける、録音の良否はあるだろうけど、座席は最良だし、

    好きな演奏者を次々と切り替えることも可、そんな当たり前なことが

    わかっただけでも幸多かれだ。

     

    価値は比べてこそわかることも多いだろうて・・・な、店主でした。

     


    スワっ! 事件か!!

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       二日前の昼ごろ、庭で二階の部屋あたりからのべつまくなしにけっこうな

      音量でラジオの音が聴こえてる、はて? と思ったんだわさ。ま、いいか、

      なんて思ってたんだけどね。それがいつまでも続いているんだ。おっかしいな? 

      見上げれば窓は閉まっているように見える、けど。音は明瞭に聴こえる、から

      きっと窓が少し開いてるんだろうな。気にはなるけど、昼間だし、と地下で

      仕事してたんだ。

       

      あたいの家は、離婚して以来、母親が営み始めた貸間業が主たる収入源で、

      平成元年に建て替えて後も続いているんだ。陽当たりの悪い一階にワシの

      家族が住んで二階三階がアパートになってる。その二階からラジオの音が

      鳴り響いてるというワケ。

       

       夕方になり、まだ鳴り続けているラジオ。おっかしいな?のココロは

      肥大し、ヤバイかもしれないに変わる。夜になっても一向に小さくなること

      もない音量でね、こりゃどう考えても変でしょ、なにか事件が起きたのか?

      あるいは起きつつあるのかと疑心暗鬼は膨らむばかり。まいったな〜、誰か

      殺されてるんじゃないのか。世間を騒がしている白石被告みたいのがさ、

      侵入しているのかもしれない。そんな暗雲がココロに迫って来る。家賃

      収入けっこうなことですね、なんて言われるけど、良いコトばかりじゃ

      ない、苦労もある、その最たるものが密室で起きる事件だ。

       

       それにしてもラジオが鳴り続ける理由がわからない。最初は、タイマーが

      作動して、無人の部屋でラジオがON? なんて考えたのよね。でも今どき

      タイマーでラジオのスイッチを入れるなんて御仁いないよな。それとも

      自然死? ラジオ聞きながら死んでいた、いやだいやだ、勘弁してよね。

      はたまた、侵入者に暴行され、死ぬ直前にラジオのスイッチONして「誰か

      助けてくれ」の合図なの?とか、縄で縛られて身動き出来ない、唯一動く

      指先でラジオを点けて「HELP ME!」なのか、と妄想は膨らんでやむことが

      ない。どうしても考えは悪い方向に流れてしまいます。

       

       夜中になっても止むことはない。朗々という感じなんだ。なにか事件勃発

      な考えで眠れないじゃんか。もっと早くなにか対応しときゃいいじゃんと

      言われるだろうけど、部屋は借り主のもんで大家といえどもそうそう立ち

      入ることはできないのよね。手をこまねいているわけじゃないけど、

      さりとて有効な手段を講じるアイデアも出なくって、まんじりとしない

      夜はふけるのでありまする。

       

       朝方5時に目が覚める。あたりはまだ暗く、静けさ増す中、ベッドの中で

      耳をすませばラジオは相変わらず堂々と鳴り続けてるのがかすかに聞こえる。

      部屋に行って確認してみるか? 部屋を開けるには誰か立ち会ってもらわなく

      ちゃならない。警察か? でもこんな時間にパトカーやってきて赤灯くるくる

      なんてことになったら近所の皆様起き出して、大変なことになる。さらにもし

      事件なんてことになったら新聞にゃ載るし野次馬は来るしTVのレポーターも

      押し掛けてくるだろ。アパートの住人はみんな引っ越して空室だらけに

      なっちゃう。いやですよ、そんなこと。と、アタイの小心はまるで海から

      上がった直後のチン個みたいに縮こまる。

       

       で、朝だ。ウトウト寝てしまったんだな。8時じゃん。明るくなったから、

      まずは呼び鈴押してドアノックしてみよう、と意を決して着替える。一人

      じゃ心もとないカミサンと一緒に目当ての部屋の前に立つ。ピンポン押す前に

      ドアに耳をくっつけてもラジオの音が聴こえないんだ。この時点でラジオの

      音源位置がわかりそうなもんだけど、そうはゆかない思い込み。てっきり

      ラジオは部屋の中にあると思い込んでるコチトラ、思い返してみれば

      情けない。

       

       まず角部屋、ベル押せども、出て来ない、しかたなくこわごわ合鍵で

      ドアを開けて、覗いてみればだれもいない。しかも無音。ふ〜む、不在か。

      となると隣りの部屋しかない。で、隣りの部屋のピンポン押す、出て来ない、

      しかたないから合鍵を差し込みそ〜っとドアを開けたそのときに内側から

      住人が出て来た。

      「ラジオの音がするんだけど?」

      と問えば、

      「ごめんなさい、言おうと思ったんだけど、ラジオ落としてしまったの」

      なんてこったい! 窓からラジオ落としてしまい、それが庇に引っ掛かり、

      寒くて暗い外で一人孤独に鳴り続けていたわけっすか!!

       

       一件落着、あ〜よかった。まさに胸をなで下ろすとはこのことだ。

      すぐに階下に直行、庇を見ればあるじゃあ〜りませんか、ラジオがさ。昔風の

      小さなトランジスタラジオは外にあったのね。だからあんな明瞭に聴こえて

      いたんだ。考えてみれば高音が際立つ音だった。一聴して鳥の声かと思った

      ほど。その時点でこりゃ小さなラジオだなと気が付くべきだったんだ。

      オーディオ愛好者のあたいならラジオの音でスピーカーの大小の判断が

      つくべきなんじゃないか。でもな、どう考えたって、そんときにゃそんな

      こと到底思えなかったよ。思いは及ばなかったし、余裕もなかったかんな。

       

       それにしてもラジオ落とすか!  なんで窓際にラジオ持参するんだ! 

      洗濯物ならわかりますよ、でもまさかラジオなんて!!  誰も思いつき

      っこない。かくして恐怖(マジで)のサスペンス満載な一夜は一気に

      終焉を迎えたのでありまする。

       

      大山鳴動、ちっこいラジオ一個の顛末・・・・・・な、店主でした。

       


      暖房を考える

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         相変わらず随分と大袈裟なタイトルだ。ふと思っただけなのにさ。

         

         当地ファクティオには2つの火鉢がある。一階の店には

         ちょっと大きめ丸火鉢。ちなみに後ろに控えしは開店時にネットで入手

        したオイルストーブ。スウェーデン製でVIKING。2筒式で触っても

        ぜんぜん熱くならず壁際ピッタシでも問題はない。

         丸火鉢だけじゃどうしようもない、ちょっとお茶でもが出来ませぬ。茶碗

        置くとこないもんね。ってことで、台を作り、ちゃぶ台を真ん中くり抜いて

        のやっつけ仕事で

         こうなった。んでもって地下には、

         小さな手炙り、角火鉢に脚を付けたコレがある。

         

         以前から2つの火鉢はさほど生かされることもなく存在していた。

        それをね、ここらでイッパツ活かしてやろうやないかと思ったんだ。

        あ、あっ、だからなんなんだ! なんて言わないでくんろ。

         

         火鉢の暖房力なんか秋に飛ぶ蚊みたいなもんでさ、ぐんぐん血を吸う力

        なんかほとんど残っていない弱々しさ。よく言えばほのかに感じる暖かさ、

        悪く言えば手間ばかりかかる厄介者、だ。小さな暖房力は、補う衣服を

        要求する、なんてね。薄着厳禁、要ちゃんちゃんこ。ここ数年来、そんな

        火鉢を時たま使用してたんだけど、それじゃイカン、旧きを訪れてみよう

        じゃないか、せっかくこちらへござれと誘われたにもかかわらず、なんの

        話も交わされずほっぽかれたんじゃかなわないもんな。と、火鉢の気持ち

        に心寄せてみたワケ。

         

         さてその火鉢だ。佇む風情はよろしい、炭火が爆ぜる音もけっこう、

        鉄瓶の湯が滾(たぎ)る音さらにいとをかし。しかしなんといっても

        手間がかかるんだ。真っ赤に熾(お)きた炭火でも、時が経てば灰に

        なる。気が付けばほとんど灰、炭火はきわめて微弱に成り果て、炭を

        足しても復活ならず、その繰り返しだ。一度消えてしまえば、再度着火

        せねばならない。今じゃガスがあるけど、昔にゃ紙を丸めてその上に

        付け木?を乗せて、火打石か? 今ならガスだ。だからさ、冬の暖房に

        君臨した炭火を、消してしまうことは大叱責だったんだろうな。

         

         でもさ仕事はしなくちゃならん、炭火を消す事なく仕事にも精を出す

        となると、これけっこう面倒なことでね。現にアタイだって隣りの工房で

        仕事して、気が付けば火が消えちょる! なんてこったいなコトが続き、

        ついついオイルヒーターのスイッチONとなって幾星霜。電気代だって

        かかるし、第一原発反対派のワシが電気に頼るのは矛盾してるだろ。

         

         炭火転向の理由はも一つ。家の近くに灯油と炭を売ってる店がある

        んだ。もちろん炭はそこで買う。ココ、ちょっと不思議な店でね。広い

        敷地に店も兼ねてる家があり、その前にはお地蔵さんらしき建物、奥に

        倉庫があって炭はそこから持ち出される。以前、聞いたら炭は岩手から

        取り寄せていて、友人仲間から「もうヤメれば、いまどき炭で商売には

        ならないでしょ」とか言われ続けてるんだ、とか。確かになぁ。でも

        店主さん、ヤメる気さらさらない様子充分で、だったら微力ながらワシ

        が売り上げ向上の一助になったろやないか、と思っての転向。

          岩手切炭6kgで1800円。炭は楢(なら)材。この金額が安いのか

        高いのか皆目見当がつかない。二袋買ってどれくらい持つのかこれから

        試してみてのことだ。

         

         考えてみれば、昔は大家族で子供から老人まで同じ屋根の下で暮らし

        てたな。畑を持ってる家なら子供から老人までまんべんなく仕事は

        ありましたよ。現にワシだって子供の時にゃ風呂焚きが仕事だったもん。

        老人の仕事の一つとして炭火の管理があったにちがいない。子供は学校

        親は仕事、日中ヒマなのは老人しかいないってことになれば、当然の

        ことなんじゃないか。

         

         炭火はチョコチョコいじってあげないとすぐ消えるやっかいな代物だ。

        初心者のワシは、どこをどういじれば消えないですむのかいまだに手探り

        状態。下から空気が抜けるように下にトンネルを作ったり、新しい炭を

        添えるタイミングや置き場所をそれなりに考えてやってみても消える時は

        あっけなく消えてしまう。ベテランから見れば「そうじゃない!」と

        叱られちゃうんだろうなと思いつつもコツがわからないんだもんな。

        唯一わかってきたことは、炭火が盛んに熾きてるときに新しい炭を追加

        してあげるとよさそう、ってことぐらいだ。ケチって火が弱まってきた

        ときに足しても時すでに遅し・・・・・・らしい。

         

        なんともちんまいコトでなんだかな〜・・・・・・な、店主でした。

         


        左稽古にビツクリ

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           愛読している東京新聞、朝刊の「私の東京物語」に楊逸(ヤンイー)氏登場。

          1987年3月14日に初来日したときの出来事だ。

           

          「成田空港から一時間ほどの空港バスで着いた新宿で、艶(あで)やかな電飾

          に染まる夕暮れに突っ立っていた私の目の前を、着物姿の女の子の一団が

          ゲラゲラと笑い声をあげながら通り過ぎていった、というものだった。卒業式

          帰りの女学生たちだったらしい」

           物心つく前からの東京暮らしの私には生まれてこの方こんな体験はしたこと

          がないから、うらやましいなぁのココロ。中国から来て、見た事もない東京

          に大きな刺激を受けるなんてこと、今の私には到底ムリだもんな。

           

           「当時、『ファッション』という単語も知らなかった私だったが、外国に

          行くというので、さすがに人民服は違うだろうと、親に強請(ねだ)ってその

          頃中国で流行っていた袖とズボンに白いストライプが入った青のジャージーを

          買い、『格好を決め』浮き浮きして日本に飛び立ったのに、その時の気分は、

          己の墨色に酔いしれたイカが、熱帯魚の群れに迷い込んだようなものだった」

           前文に続いてこの一文に笑いをこらえることはできない。内心大爆笑だ。

          といっても決してバカにしてるわけじゃぁない。そんときの彼女の驚きが

          面白い、っていうか面白すぎる。このジャージー、新宿の日本語学校への

          行き帰り、警官になんども尋問された後日談もある代物。なんたってこれ

          っきゃないんだからしかたない。けど怪しいと思う警官のココロもわかる、

          しかもですよ日本語全然まるっきりわからないっていうんだから、こりゃ

          まるで喜劇ですよ。しかたないから「すみません、すみません」(これしか

          知らないんだろ)を繰り返し、学生証を見せ、指で日本語学校の方向を指す

          のだった、と。

           

          「なんだか色めいていて美しい、なんだか平穏で豊かそう、なんだかささやか

          ながら楽しそう、なんだか・・・・。とにかく空気に『幸せ』の匂いが漂い、

          それに魅せられた。言葉もわからず、両親が数十年かけて蓄えた日本円で

          三万円の貯金(ひと月生きられるかどうかもわからないような金額)しか

          持っていないのに、新しい別世界に来たのだと直感し、不思議と胸が膨らむ

          ・・・・・。」

           けっこうな衝撃を受けつつも、その場の雰囲気を感じ取る感受性に感心。

          今になって考えてみればってことかもしれないけど。わかりやすい言葉で

          ありながら豊かな表現ができることは作家としての可能性はすでにあった

          と思ったりもするけど、考え過ぎかね。

           ともあれ、若いってことは素晴らしいなぁ、つくづく思う。ここんとこ、

          こんなこと思うことに出会わないもん。知らないとはいえ、たった三万円

          持って外国に行ってみよう、行ってみたいと思う衝動はとても理解出来るし

          大きな共感を感じまする。漠然と将来の事考えはいるけど、それより

          なにより今やりたいことをやってみたい気持ちが優先しちゃうんだろな、

          きっと。こんな私だって、彼女ほどではないにしろ若いときにはいろんな

          ことやったもんな。これが将来なんかの役に立つだろうなんて気持ちは

          ほとんどなかった。すべては好奇心の赴くままにってことでしかない。

           

           近時、これほどの一文に出会ったことはなく、いっぺんに彼女のファンに

          なってしまった。1964年生まれっていうから53才か、会って飲みたいな。

          まずは、著書でも読みませう・・・・・・・な、店主でした。

           

           タイトルの「左稽古」がすっかり忘れられてる。困ったもんだ。いえね、

          まずは楊逸氏のことを前説でと思って書き始めたら止まらなくなって。

          左稽古っていうのは京都・井上流の踊りの教え方です。BSで観てこれまた

          ビックリな私にとっちゃの出来事でね。教えるときに、生徒と対面して

          教える井上流では、教師は鏡に映ったように左右逆の身振り手振りで

          なきゃイケナイ。げっ!と思ったアタイだ。そんなこと出来るんかいな!

          出来るんだな、これが。扇を持つ手の位置、高低の位置やひらひらな動き、

          これらすべて左右どちらでも出来るっていうんですから、驚くじゃ

          あ〜りませんか。観た場面では座って教えてたけど、もちろん立っても

          出来るんだろう。右に回るときにまったく同じように左にも回れるって

          ことなんだろ。なにも言われなければわからないけど、言われてよ〜く

          観ればオドロキですよ。

           

           ま、それ以外にもいろいろあってさ。唸りまくってのアタイ、伝統を

          守るっていうのはこういうことかい、改めて感じ入るのであった。

          チャンチャン。コレデオシマイ。

           


          ふと、スーパースタジオだな

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             FACTIO地下の試聴室&ミニオフィスに長らく鎮座ましましてたソファが解体

            の憂き目に。理由は大振りなスピーカーが一階から降臨され、行き場を失っての

            こと。あちこちブッタギリの末にこうなったんだ。

             思いっきり無骨だな。ま、そりゃそうだ、元は畳一枚あろうかというソファ

            だったんだからな。フレームの太いこと太いこと。ってことは重さもけっこう、

            やむなくキャスターを付けた。座り心地はまぁまぁ、でもなあ、いかんせん

            デカイ、っていうかかっこ悪しきわまりなし。

             ほんじゃ作ってみよう、ってたって椅子ニャぜんぜん興味がないコチトラ、

            技術も経験もないしさ、せっかくの機会ならコイルスプリング仕様の本格的

            なものにしよう、ということを鑑み、知り合いのT本さんにお願いすることに

            なったんだわさ。

             

             全権を託し、待てば海路の日和あり、でもい〜んだけど、せっかく作るんなら

            ここは一番椅子を丸々とまではゆかないけど出来るだけ理解しようと発奮したい

            と思ったワケ。椅子に興味はないけど、知りたい好奇心で、まずは寸法だ。

             椅子には6種類のプロトタイプがあって、これは2型。ダイニングチェア

            でしょうか。目安になる各寸法が書き込まれている。

             で、コレが6型。ヘッドレストが必要となる、そこまでリラックスする

            必要もないし、第一こんなに傾いてちゃ立ち上がるのに一苦労するじゃん

             ってことで5型のここらへんが妥当なとこだろうと決めて一服。さてと、

            打ち合わせのときT本さんが、ちょいとむずかしい椅子の注文が入って難渋

            してるんだ、を聞いてたから、だったら1から6までの型を変化させられる

            寸法確認できるような椅子を作っちゃおうかって考えたわけでげす。

             それは例えば、メガネを作る時に使用するレンズ交換可能なあの黒くて

            真ん丸なメガネのようなもの。フレームは一つで座面と背もたれが自由に

            変化出来る優れ者クンだ。

             6タイプの椅子の座面と背もたれを一枚に描く。肘掛けもつくから些か

            複雑になるんだ。6つのポイントをカバーできるようにフレームを考えて

             できあがったのがこんな代物でね。ええかげんなモデルだからあちこち

            暴れまくってる。けど、まぁ、こんなもんだろ、で一服。側面フレームだけ

            試しに線を描いてみる。寸法の目安になる線だ。できれば全面すべてを升目

            で埋め尽くそうと考えたそのとき、こりゃ、あの、スーパースタジオ様だ

            と思ったんだ。

             1966年にイタリアで産声を上げたスーパースタジオ様、当時SDかなんか

            でこの写真を観たアッシ、驚きましたわい。なんだコレ?そして!ってな

            もんでね。なんて素晴らしいイメージなんだ! 影響は多大で今も続いとる。

            実作はほとんどなく、過激なドローイングを発表し、後にアーキーズーム、

            そしてソットサスが代表選手のメンフィスに受け継がれるとアタイは理解

            してるんだが、違ってるか? のっし

             彼らの作品の一つがこれでね。真っ白な〜んにもない椅子やテーブルは

            升目で包まれているんだ。それが50年後の今、世界の片隅、私の地下で

            再現されようとしている。長く生きていると巡り会わせはあるもんだ。

             

             話は戻るよどこまでも。アタイが欲しいのはコイルスプリングを糸で巻き

            繋いだもんだ。底にウェビングテープを張りウレタンクッションを載せた

            ようなもんじゃなくて。さらに、

             こんなSバネでもない

             やっぱこのタイプでしょ。フレームを作り、底に力布を張り、コイル

            スプリングを並べて糸で繋いで緩く固定、その上にまた布を張り、適当な

            薄いクッションを張り、最後に好みの布地で張り包む。むろん、四周の

            土手はワラとか馬毛とかを使ってこんもりしてさ、最後は鋲打ちで

            仕上げるといった正統派、こんな案配でなきゃ困るのことよ。

             

             過去一度だけしか座ったことのないスプリング仕込みのソファ、あれは

            横須賀の美術館だったな。座り心地に驚愕したもんな。適度な張りと沈み

            こみの心地よさは恍惚といって差し支えないもんだったよな。あれに比べ

            たらウレタンなんか・・・・・・・と言いたい。それがたかだか15万から

            20万で手に入るんなら安いもんですよ、実際の話が。

             それになによりもこういう椅子を作ってくれる工房が見当たらないと

            いう現実もある。椅子を作るとこならいくらでもある、でもさ椅子だけ

            じゃなく張りもできるってことになると、そうそうあるもんじゃありま

            せんえん。

             

             とはいえ、金額が金額だから多くの方々は金額を聞いただけで尻込み

            するのもわかる。どうしたってIKEYAと比べちゃうもんな。でもさ、

            考えてもみてもらいたい、職人の手間を。昔、とある工房で一日幾ら

            くらいの収入が必要なの? 答えは35,000円でした。とするとですよ

            15万ならフルに働いて一週間以内ってことだ。なんたって場所代、電気、

            ガス、刃物も研がにゃならないし、清掃も、ご飯も食べなくちゃならん、

            子供も育てるし、カミサンとSEXだってしないと、そんなあれこれ一切

            丸々の35,000円、しかも出来上がった椅子はほぼメンテナンスなしで

            一生使える、そう考えると決して高くはない。アタイはそう思うんだが

            ・・・・・・・・・・どうかね?

             

            で、今日はなにしよう・・・・・・・・・・・・な、店主でした。

             


            新しさもよりけり

            0

               毎週月曜日はデザイン学校で木工を教える日なんだ。16日に向かう途中、

              銀座へ。修理完了のライターを受け取りに松屋。以前ネットで買ったダンヒルは

              二代目。初代はなくしたの。古いライターだから壊れるのはわかってる、前のも

              そうだったからさ。直しに出せば15,000円かかるのも了解済み。タバコ吸わない

              人にはわからないだろうけど、吸う人だって百円ライターでいいじゃん派の方は

              多い。でもですよ、着火の際の気持ちよさは格別なんだからしかたない。重さ、

              手触り、作動音、炎の具合、どれをとっても流石ダンヒル。タバコを吸うたびに

              味わえる快感(小さいけど快感は快感だ)を捨てる気はないのよね。

               

               でね、ふと思い立って隣りの伊東屋へ行ったんだ。これも以前、同店で開催

              されていたモレスキンの展示会でジャパニーズなんとかのノートをことを相談

              しようと思って行ったときに、大きめの黒色があったの。

               これなんだけどね。ちなみにジャパニーズなんとかってのは、屏風のように

              全ページが一繋がりになってて、ベロベロ〜と広げれば絵巻のようになるの。

              これが姿を見なくなって久しくてさ、別に使い道があるわけでもないけど

              ないとなると欲しくなるのがアタイ。で、小さめのとコレを買ったわけです。

               

               そこで問題なのが黒紙。さぁて、これを何に使おうか。というより使い道

              はさておき、まずは書くのならばインクがいるだろ、色は白に決まってる、

              いまどき白インクなんかあるんだろか、聞くなら伊東屋しかあるまい。本店

              に行ったら裏の支店?にあるかも、ってことで裏に行き4階?でお買い求め。

              そんとき気が付いたんだよな。昔のアルバムはこの手の黒紙で、そこにゃ

              しっかりと白インクで書かれていたもんだ。名前とかね。昔見た記憶が蘇り

              懐かしさがココロに広がった(というほどでもないけど)。

               

               授業は相変わらずの調子で終わり、教室でミニ書類を書いてたら学生が

              来て相談があると。二年生だ。卒業制作の相談事、雑貨専攻の彼女ソファ

              が作りたいんだと。木工技術は皆無、もちろんソファなんて作ったこたぁ

              ない。クッションだって布だってじぇんじぇん知らないんだも〜んな世界。

              どうせアシスタントに手伝ってもらなきゃならないだったら早めに筋立て

              といたほうがイイ、布も調べようね、ボタンやリボンもついでに調べとい

              たら、まるで先生みたいだ。それが終わって帰ろうと出口に向かったら

              もう一人の二年生が待ってる。またもやソファだ。まぁ相談されるのは

              イヤじゃないけど、二年生は受け持ってないし、他に誰か相談できる人

              いないのかいと思いつつも、ここじゃなんだから喫茶店にでも行こうと。

               

               校内じゃタバコ吸えないもんな、タバコ吸わずしていいアイデアなんか

              絶対に出ないからさ、とにかくタバコ吸えるとこってワケ。歩くこと数分

              よさげな喫茶店に遭遇。昔々はモーツァルト、昔は李白、今は喫茶去と

              称する店。聞けばタバコOKで夜8時まで営業だと

               ピアノの両脇にスピーカーがある。ん? イギリスの名器タンノイ?

              でもちょいと違うか。写真出典

               聞けばALTECとのこと。ふ〜ん、ええやないか。気合いが入っとるや

              ないか。吊り棚にはEPがズラリ。いまどきEPかい、LPもありCDもある

              けど、EPへの思い入れの堂々っぷりがまぶしい。応援したろやないか、

              たって週一度行くぐらいしかできないけど。帰ろうと出口で看板を見たら

              二階席もある、どうやら畳敷きで掘りごたつらしき風情。きっと学生同士

              や先生と座談にふけってくれってことなんでしょう。度々登場の「今どき」

              だけど、だめ押しだなこりゃ。旧くは学生の街で鳴らしたお茶の水または

              水道橋、往古の文化を絶やしてはなるまいとの店主の意気込みに拍手は

              鳴り止みませんよ。マジで。

               

               ということで投票日の今日、昨日まで勤しんでた2.4mの長棒の削りに

              飽いて、大リーグ中継を途中まで観て、地下でレコード鑑賞たい。

               炭火が恋しくなるこの時期、きのうから投入と相成った。ちょっと前まで

              さほどでもなかりけりな寒さ、ここ数日の長雨でめっきり寒くなっちまった。

              地下は、7〜8畳の広さ、そこに小さな手炙りの火鉢、炭は3個が限界。

              どれほどの暖房効果と聞かれれば、そこはかとなき暖かさとでも言いましょう

              か。長袖長ズボン靴下を着れば、そこそこの暖かさ、我慢出来ない寒さでは

              まったくない。考えてみればさ、昔はみんなこうだったんでしょう。時が移り

              行き、技術革新の波で次々と便利快適が実現された今、半袖で暮らせる暖かさ

              なんてのは贅沢が過ぎるとアタイは思っているのでありんす。

               

               かくいうアタイ、なにもなんでもかんでも古いものがイイなんて思っちゃ

              いませんぜ。でも長く生きてると、どんどん時代は変わり、新しいものに

              取って替わって古いモノは消え去り、それはしかたのないことだけど、消え

              去ったモノだっていいものはたくさんあるし、使う人によっては替える必要を

              感じないモノだってあるわけでね。歴史の流れに棹さす気はないけど、その

              時々で気に入ったモノがあり、それに魅力や愛着を感じるんならそのまま

              でいいやないかって思うだけなのダ・・・・・・・・・・・・・。

               

              雨降り続けて地は固まるどころかドロドロ〜・・・・・な、店主でした。

               


              内澤嬢 続編

              0

                 きのうは髪を切りに梅屋敷に。今まで通っていた神宮前の美容院、思うところが

                あってヤメようと思い、古着屋ZIRAの店主Sさんにどっかないかな? 教えて

                もらったのが梅屋敷。古い街並だ。聞けば東京で2番目に長い商店街とのこと。

                ちなみに一番はむろん戸越銀座。まことに魅力的な焼き鳥屋でモツ煮込みを買い、

                琵琶湖なる喫茶店で一服し、ZIRAに顔を出してご帰還。

                 

                 電車に乗るんなら本がいる、部屋を出るときにタンスの上に本があったんだ。

                斎藤隆介著・職人衆昔話。若いとき読んで、昔の職人気質や修行の厳しさに感心

                したけどいつのまにか紛失、ずいぶん経ってから文庫本を再購入したんだわさ。

                それが放置されホコリまみれ。そうだ! 地下の試聴室で使う椅子を作ってもらう

                知り合いのT本さんに会ったときに差し上げたら喜ぶかな? その前にチョッと

                読んでみよ。電車の中で少し読み進み一文に目がテン。

                 

                 いいえ、特別に面白い思い出なんかありませんが、路地を通ると板を渡して用を

                足して、その出たものを豚に食わせているムナクソ悪い景色を見てキモをつぶした

                のを覚えています。

                 

                 椅子張り職人、通称張り屋あるいはバンコ屋の筒井辰次郎さんの丁稚時代の

                一コマ。明治25年生まれ、11才のときに家が破産し、東京へ、そこで見たのが

                この1シーン。明治36年当時東京では路地でうんこして、それを豚に食べさせてた

                ってことだ。なんてこったい! うんこを豚に食べさせる、ネパールと同じことを

                東京でもやってたやないか。調べてみたら1903年、たった114年前のことじゃんか。

                中国のトイレ事情を笑ってる場合じゃない、時代の移り変わり国の変わりよう

                流れる時間の遅速文化変遷の程度はさまざまだ、先進後進の中味の問題もある

                けどさ、他国の文化を自国の文化と比べてたり自分の常識であれこれ口を挟む

                なんてことは礼を失してるんじゃないかの、そんなことを改めて思い知った

                ワケでやんす。

                 

                 なんか考えちゃうな。いえね、前回の内澤嬢の本で、トイレットペーパーに

                まつわるアレコレがあって、うんこした後で手で洗うようにしたってことが

                あったんだわさ。インドだってイラン?だってそうしてるし実際体験してるから

                彼女にとっちゃ特段トンデモナイことではない。洗うためには水がいる、容器が

                いる、ってことでじょうろ(でかすぎる)で試したり先端を切ったりの試行錯誤

                があって今はなにかの容器を転用して解決。問題は水で洗った後お尻を拭くか

                どうかってこと。現地で聞いたらそのうち乾いちゃうからそのまま下着を戻す

                って方多かったらしいけど、彼女はそうはゆかないんだ。やっぱ拭きたい。紙を

                使わないんならタオルしかない、でも来客が来た時にそのタオルで手を拭くかも

                しれない恐れ充分、で、結局使われずにあったハンドタオルを使い、手拭きとは

                別の隅っこに置くようにしてあると。

                 

                 これを読んで我が意を得たりのアタイ。アタイの家はウォシュレットだけど、

                ずいぶん前から洗浄後拭かないでそのままパンツを穿く方式となって久しい。

                紙に怨念はないけど、老化による身体硬化でお尻に手が回りずらくなってるのが

                主因。特に朝はほとんど手が届かない。お尻洗浄だけでキレイになるかどうかは

                数回の検査で確証済み。拭かないでパンツ穿きそのまま立ち上がると腿に水滴が

                少しだけ垂れる?  のはわかるけど、すぐにパンツに吸収されるしいずれ乾い

                ちゃうからね。ま、気持ち悪いっていえば悪いんだけどさ、それより素早く

                トイレから出られる快感! はたまた手軽さにぞっこんなんだ。

                 

                 髪切って帰路、京浜蒲田駅からJR蒲田駅まで歩く。梅屋敷よりも都会化して

                いる、とはいえ昔風の個店がオモロい。特に三軒のビデオショップがアタイを

                引きつける。DVDもあるけどVHSビデオが居並ぶ様は壮観でね、ついつい一軒

                でぶらり店内の旅。最後にZIRA表敬訪問。もう買うまいぞ!  ほとんど毎週

                通ってるから欲しいものはないだろ!・・・・ところがあったんだな、これが。

                だから言わんこっちゃない、訪れればなにかしら気に入った服があるんだから

                もう買わないココロなら行かないのが一番、と思ってもついついは人情って

                もんじゃないか? それアタイだけのこと?

                 こんなんですわ。これでも買うときにゃケッコウ躊躇したんでっせ。

                買うべきか買わざるべきか・・・・・・・・・。目立ち過ぎだろ! 変なヤツ

                と思われるだろうな、カミサンにはとてもじゃないけど見せられませんよ、

                刺繍しまくりだもんな、それももっこり盛り上がってるもんな。あぁ、

                どうせよう? 第一これに合うパンツなんかあるんか? コーディネート拒否

                だろ、これ。でもなぁ、5800円だしな。二度と出会うチャンスは皆無、いつも

                の言葉がアタマを巡る。ためつすがめつ、しばし。

                 やっぱな、インドかい。だめ押しだ。さぁ買わんかい!インド製でっせ、

                インド綿でっせ。裏地も薄い綿で覆われてるし、あ〜ぁ、ぬ〜う。

                 実はレディスなんだ。ボタンの位置が逆だもん。初見、着れないだろと思い

                つつ試着したら、サイズは合うと来たもんダ。第二のだめ押しかい。

                 背中もご覧の通り。つまんで縫ってたんぼの畦みたいになっちょる。まさに

                装飾満艦飾、どこも手を抜いていない素晴らしさ、まるでボクジャだなもし。

                こんなもん買ってるからモノが増えるんだ。しかも不要でしょ、これ。

                なくても生活にはな〜んも支障はありません。贅沢品だ、年を考えろ、もっと

                落ち着いたフツ〜の服を買えよ、みんなそうしてるぜ、やめといたほうが

                いいんじゃないの、み〜んな振り切って買うてしまった。

                 

                 雀百まで踊り忘れずってアレかいな。踊るアホなら踊らにゃソンソンかのう。

                 

                恐るべしZIRA、こんな服仕入れちゃいけませんて・・・・・な、店主でした。

                 


                やっぱオモロい

                0

                   近くまで行ったので、卒業生が営んでいるレストラン(って感じじゃない

                  んだけど)に車を走らせる。横須賀は秋谷にあるエスケープ。とっくに昼時は

                  過ぎてて、やってないかも?と思ったんだけど、外から見上げれば窓は開いて

                  る、やってる? やってた! さっそくなんでもいいからテキトーに食べさせて

                  おくれ、いいカツオがありますよ、それでいいよ、食して一服。

                   

                   昼が過ぎて彼女と一休みしていた店主・O合君と食後のコーヒーを飲みつつ

                  一服のとき、なんだかんだ話の中で彼女が行きたいところはモンゴル、そんな

                  話になってね。ヘェ〜そうなんだ。この彼女、近くでキムチ屋さんを営んでて

                  これがけっこう美味いんだけど、モンゴルで思い出したのが世界屠畜紀行。

                  世界にゃ家畜を食べるとこいくらでもある。絞め方もいろいろでね。たしか

                  モンゴルじゃ胸の一部をちょっとだけ切って、手を突っ込んで心臓近くの血管

                  を指でつぶす、その間数分の見事な技、家畜は苦しむことなく食材となる。

                  こんなことが詳細なイラストで描かれている、書き手は内澤旬子さんだ。

                   実は、それ以前に読んだのが東方見便録でね。アジア各地のトイレ事情の

                  ルポルタージュ。場所柄とてもじゃないけど写真ではアカン、イラストなら

                  OKってことで内澤さんにお鉢が回ってきたんだろ。しかも、この仕事実際に

                  トイレを見て、体験しなくちゃならないから、誰でも出来ることではない!

                   それがコレ。中国の凄さは耳にしてた。O合君の彼女だって体験済み、

                  やっぱそうなのと話は盛り上がる。この本で私が大爆笑したのはネパール。

                  大きな円形の豚舎は地面を掘り下げてあり、縁の石積みに座りいざ、見ると

                  真下に豚が口を開けて待ち構えている、早くウンチせい!ってわけだ。

                  もちろん、見るだじゃなく試してみるのが内澤女史のスゴイところでね。

                  いや〜世の中には凄い人がいるもんだと、いたく感心、以来のファンなのだ。

                   

                   でね、そんじゃこの二冊送ってあげるよと約束し、帰ってからネット検索。

                  わりと最近の本をめっけて、入手して読んだと思ってくんねえ。

                   まずは捨てる女。イラストの仕事ってのはジャンルがバラバラ、ってことは

                  資料が溜まる、仕事以外でも興味があるものは欲しいに任せてドンドンたまる

                  一方、それが病気(「身体のいいなり」これも読んだ)をきっかけにイヤに

                  なって、捨てに捨てまくる騒動記。製本も好き、読めない言語でも装丁が

                  気に入ることも多々、置ききれなくなった本を実家に一時預かり、そんとき

                  父親「あなたは、一体どうしたいの」みたいな言葉がココロに刺さる。それが

                  私の心を打つ。規模が小さい、数は少ない、とはいえ私もほとんど同じような

                  もんだからな。横須賀の浜辺で拾ったけっこうな丸太、あれから数年、ようやく

                  真っ二つに切ってなにか作品にしようかとの最近。あなたの気持ちよぅ〜

                  わかりまっせ。

                   

                   好きで集めた品々、やろうとしてまんま放置の品々、服だっておなじだ。

                  大枚を叩いて買ったジャケットはタンスに眠ってるし、この前買ったシャツ

                  だって着る機会を待ってるていたらく。手のこんだ刺繍が施されているシャツ

                  は普段使いできるもんじゃない。だったらなんで買うんだと言われるだろう

                  けど、見た瞬間に欲しいと思うんだからしかたない、今を逃せば二度と入手

                  できないだろと思っちゃうんだからしかたない。私が欲しいと思うものが、

                  多くの人も共感してくれるものなら、なにかの役に立つかもしれないし、

                  売る事もできるかもしれません。でもね、私の嗜好はさにあらず、よく言えば

                  個性的、悪く言えばだれも欲しいと思わないものばっかなんですもん。

                   

                   売れば売れるかもしれないけど二束三文だろな、だったら私が持っていた

                  ほうがいいって結論だ。私の場合は、持てる範囲内でなんとかなってるけど、

                  内澤さんは限界を突き抜けての膨大量だから、処分するっきゃなかったって

                  ことだろ。

                   

                   んでもって、

                   これが直近の一冊、多分だけど。東京に住んでいることに疑問わくわく、

                  小豆島に転居と相成った。もし私が若ければ、もし母から譲り受けた家が

                  なければ、もし結婚してなければ、私も同じような気持ちを抱いたかも

                  しれないなぁ。と、心の中を覗き込んだりして。

                   

                   お腹もクチくなったし、帰るか、エスケープのテラスに出たら、下にある

                  私のシトロエンAX-GTを見て、彼女がイイなぁと言うワケですよ。前から

                  O合君は塗装のハゲ具合がいいと言ってたけど、類は友を呼ぶ、彼女も

                  ご同輩なんだな。この車、なんの不満もないけれど、二台を持つことに

                  なんだかな〜と思いつつの今日この頃、あげるよと。ホント!マジで!

                  なんて大喜びの彼女、聞けばホンダを10年以上乗ってて変えようか思案

                  してたとこ、父親もミニクーパーをいじって乗り回してるんだと。だったら

                  相手にとって不足はまったくなしじゃん。でもなぁ、そんときは欲しくても

                  後になって冷静になって考えたら、ゴメンね、やめとく、よくあることだ。

                   

                   本を二冊送る中に、ところでシトロエンまだ欲しいの? 手紙を忍び

                  込ませて、返待つのココロなのだぁ〜。

                   

                  ってことで今日は髪を切る! なんだそれ?・・・・・な、店主でした。

                   


                  あなたなら、ど〜する?

                  0

                     そんな歌があったな、たしか石田あゆみだったな。ドイツはウルム市から

                    やってきた友達の友達、帰国が迫ってきた一昨日、泊めてくれんかとメール。

                    最後の夜は一緒に夕食をとりたいと、歓談のひととき。つたない英語ででも

                    下手な鉄砲数打ちゃあたる、通じてるらしいな、相手の表情で察するしか

                    ないときたもんだ。

                     

                     料理は食べ尽くし、ビールだけ追加しつつ、明日の出発までの予定を提案。

                    目黒雅叙園で開催されている生け花展はどう? と。片方のBirgit嬢、生業は

                    花屋、それならとね。OKってことになり、その後青山のイッセイ・ミヤケを

                    再訪したいんだけど、とおずおずと切り出すBirgit嬢、遠慮なココロ丸出し、

                    むろんこちとら毎日が日曜日だから、なんの問題もござんせんと相成る。

                     来日した翌日、行ったんだイッセイ・ミヤケにね。何着か試着して、とても

                    似合ってたし、でも買わなかったのよ。お金の使い方は質素だから、気に

                    入ったものの二の足を踏んだってことだろ、とアタイは推察してたんだ。

                    でも、も一回行きたいの言葉を聞いて、そうこなくっちゃいけませんぜ

                    お嬢さん、内心大きく頷くアタイだったんだわさ。

                     

                     で、パンツをお買い上げ、他の店でシャツをと行ってはみたものの色が

                    気に入らず即断念。パンツとシャツの色が合わないのが断念理由だけどさ、

                    決断の早いこと、ものの数秒だもんね。己を知ってる人の決断は早いのよ、

                    ヨウわかっていらっしゃるな〜と再確認した後、最後に珈琲でもとなり

                    最寄りの喫茶店で一服。あれやこれやくだらないおしゃべり、さて帰るか、

                    になってAndreas君がところで君の店にあったテントの骨組みどうするの?

                    話を振ってきたの。ま、こういうことはよくあること、最後の最後に話が

                    出ることよくあるもんね。氏はそのことについて話したかったんだけど、

                    アタイの仕事だしってことで遠慮してたに違いない。

                     これなんだけどね、テントっちゅうのは。前にも書いたけどさ、棒の製作

                    に目処はついたものの上部赤紐でくくってるとこをどうしようって話なの。

                    中段を紐で縛っておおよそのサイズは確定した。ちゃんと中心が真ん中に

                    来てるかどうか、

                     上からなんちゃって下げ振り、2〜3センチずれてるけど、これは想定内。

                    棒すべてがゆるゆるだから、この程度の狂いは当たり前。

                     棒が集まっている上部中央を見上げてパチリ

                     上から見下げてパチリ

                     唯一最大の問題はこの紐部。とりあえずの応急縛りだけど、紐は水平には

                    ならないし、紐が落ちないようにのネジは単に紐が落ちないようにするだけ、

                    紐は上にも下にもズルズルと動く、っていうか棒がスルリと下に抜けて、

                    床に描かれるはずの正六角形が歪むのよ。はて、これをなんとかせねば。

                    すべての棒は斜めってる。下にゆくほど広がってる円錐形、図面を描く事

                    なんかできっこない。きっちり固定はムリ、ゆるく固定して上にも下にも

                    ずれないで、しかも交差している中心が末端の脚のほぼ中心に来る、方法や

                    如何に? あなたなら、ど〜する??

                     Andreas君のアイデアはこうだ。リング状のなにかを上下の出っ張りで

                    動かないようにするのはどうだろか? やっぱね、アタイも同意見。なにか

                    突起をつけて、リング状のなにかを宙づりにするしかないかと思ってたのよ。

                    問題はリング状のなにか、だ。彼は金属がどうだんべ? 竹は? と意見を

                    出してくれるけど、アタイが加工出来ない材料はとてもむずかしい、意見を

                    受け入れるココロはあるけど、試作を繰り返す予感満載のこの部分、誰か

                    に作ってもらうことはきわめて困難極まりないんだわさ。

                     

                     あなたならど〜する? まずはAndreas君のアイデアは承った。上下に

                    突起をつける案で意見の一致をみた。問題解決の際、異なる二人の意見が

                    同じ場合、そのアイデアは悪くないと考えて差し支えない。でもね、

                    ひょっとしてもっといいアイデアがあるかもしれないでしょ。とはいっても

                    誰にでも相談できることじゃない。友人のT野井さんが真っ先に思い浮かぶ、

                    ネジの永井さんも候補だけどネジにほとんど関係しないから営業中に聞くのは

                    憚られる。ってことでT野井さん、もし読んでなにかひらめいたらおせ〜て

                    欲しいんだ、お礼はなんにせよう、居酒屋で一杯でどうかしら?

                     

                    まるで知恵の輪だな、これは・・・・・・・・・・な、店主でした。

                     


                    遅々着々

                    0

                       アタイの人生どうなるのやろ? つれづれもなくそんなこと思う秋の日々。

                      ドイツはウルムという町から友人の友人がやってくることになって、さぁ大変。

                      ミニミニホテルの改装を急がねば、仕事に精出す町の鍛冶屋さん。部屋には鏡が

                      ないのだ。結婚を機に買い求めた鏡台を転用と、長く眠れるミラー嬢、ゴメンね

                      カンベンな。

                       鏡台といえば布カバーだろ。鏡がむき出しはルール違反となれば

                       ということで長い腹案が陽の目を見る。母の着物をひも解いて改造に着手。

                      するもこれがなかなか・・・・・手強い。なんせまるっきりの素人だからな、

                      ひきつれシワよりは当たり前。特に上の曲線部がね。ま、こんなもんだろ。

                       鏡を支える金具はそのまま使える、で新たにチン恋部品を作って無事

                      納まり之助。

                       キッチン右脇。下にくず入れ、中段右に小棚とレンジ、左はドライヤー、

                      上段には三点セット。

                       右にポット、左にミニ鏡、で真ん中は

                       これが鎮座。昔灰皿だ。マジな使い方は右に炭の火種、左の三角に灰を。

                       して壁には、畏友T野井氏から拝領した大阪の名店・松葉の一枚。これ、

                      よ〜く見て下さいね。地下街の階段脇にあった店、前を通るは通行人、のれんに

                      首つっこんでる親子、子供の足元にはビールケース。いいなぁ、これ。一目で

                      気に入って、飾るならココと即決だい。海外からやってくる方がさ、ところで

                      あの写真はなに? と問われれば、エッヘン!教えて進ぜよう、あれはな、

                      大阪にある、串焼きの店でな・・・・・・・・・・・・・・・・とかね。

                       

                       友人の友人が4泊、後、日本全国を巡り回りの3週間らしい。去ってホッと、

                      残りの改装もあるけりニズム、でも一応カタチにはなってるから、一休み、

                      してたらTVの取材申し込み、またかいと思ったけど店に来た若者の感じが

                      スコブル良好で受けてしまい、やってきたのが高田純次のじゅん散歩。

                      TV撮影と聞いて緊張するウブなアタイではない、来たら自然体で受け流して

                      やろう、シャレの一つもかましてやろうと思ってはいたものの、疾風のように

                      やってきて疾風のように去って行ったんだわ。なすすべもなくどうということ

                      もない対応に終始してしまったやないか。

                       

                       はたして放映されるのかどうか? でもな、いい機会だ、番組を観て来店

                      される方もいるかもしれない、格別大したもんはないけど、そいでも少しは

                      それらしく整理しなくちゃ、殊勝にもそんなことを考え、店に居座るドデカイ

                      スピーカーを地下に降ろしちゃお! 降ろしたら最後一人で持ち上げることは

                      出来ないゾ、アタイが死んだら始末に困るだろうな、アタマをよぎった考え

                      を振り切って、ようようの思いで、

                       こうなった。で、脇にあった長らく使わせていただいた貰い物のソファが

                      はみ出し、流浪する間もなく分解廃棄の憂き目。となると地下の試聴室に椅子

                      がなくなり、そいじゃってことで目黒通りの家具屋さんで小振りなソファをと

                      行ってみたけど、帯に短し襷に流し値段も高し、以前相談したことのある

                      知人に改めて頼もうかと今日行く事に。

                       

                       発端はアタイだけど、以後に生まれるあれこれに振り回されているんじゃ。

                      年を重ねると置いてきぼりになること多し、すでにIT関連は闇の中、日々の

                      変化にもやっとこさついてゆく感じ、遅れたランナーみたいにそのうち誰の

                      姿もみえなくなっちゃうんだろうなァ。

                       

                      同年代の方々、みんなどうしてるんだろうな・・・・・な、店主でした。

                       



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