妖艶 三宅宏美

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     かねてから憎からず思っていた三宅宏美。その最後ともいうべきお姿を、昨晩膝を揃えて
    居ずまい正しく拝見させていただきました。オリンピック女子重量挙げ48キロ級。多分、こ
    れがロンドンオリンピックにおける私の白眉のひとときであったことは間違いのないとこ
    ろ。これから数々の競技を見る事にはなるでしょうが、昨晩のひとときには及ぶべきもない
    ことは明らかだし、TVを観る熱中度は低下することでしょう。

     彼女の、なにが私を惹き付けるのか。鍛え抜かれたちびっこい肉体、顔かたちも一因では
    あるけど、バーベルに手を掛け持ち上げる一瞬の間に訪れる表情の変化、妖艶さがなんと
    いっても一番のチャームポイント。実に色っぽいのであります。人より1kgでも重い重量を
    差し上げればいいという他の競技者とはまったく異なるオーラに陶然とさせられます。しか
    も、最後の試技で失敗した後の仕草には、ユーモアや愛嬌、ことを成し遂げた充実感、開放
    感がないまぜになった心が見事に映し出されていて素晴らしかった。

     銀メダルをとれたことは彼女の競技生活の掉尾を飾るにふさわしいものではあるけど、そ
    れがないとしても充分に魅力的だし、私の彼女に対する想いは変わる事はないでしょう。

     解説者も極めて冷静で好感を持ちました。クールに競技の行方を占い、競技者の心の動き
    や準備行動について述べています。やたら情緒的なことばの羅列、絶叫することが氾濫して
    いる中で極めて秀逸な解説です。唯一の不満は宏美ちゃんのジャークが始まる時に、前競技
    者の判定で宏美ちゃんがなかなか試技できず、その時の父親の義行さんが大きな声で関係者
    に文句を言っているのをみて「コーチは冷静でなくっちゃ」と言ったこと。
     なにを言うか。このコーチあってこその今がある。父・義行氏がこういう性格であること
    は宏美ちゃんだって分かりきっている。父娘が12年間生活を共にしつつ練習に励んだ裏には
    言うに言われぬつらいときもあっただろう。なんといっても肉親だから。そういう関係の
    両者を一般的なコーチ像に当てはめてはいけません。きわめて特殊なんですから。

     それに比べて柔道はいけません。日本の武道から世界のスポーツへと移り変わった瞬間か
    ら柔道は変質せざるを得ない宿命を背負いました。日本的なるもの、武士道精神を外国に理
    解できるはずもないのに、いまだにそれを求めている心がなんともアホみたいで。袖を持つ
    とか背中を持つとかいわゆる変則組み手や技に対することの不満が充満しているけど、世界
    を舞台にしたときからそんなことは当然わかっていること。変則なんて言う言葉の裏側に
    は、正しいという世界が認識されているわけで、その正しさは日本という世界でしか共有で
    きないもの。

     有名にはなりたいけど、有名になったらプライバシーを侵さないでほしい。そんなことを
    言うジャリタレとおんなじような気がする。柔道の正しさを求めるのなら日本の中でやれば
    いい。弓道をみてごらんなさい。素晴らしい正しさを今も共有し求め続けています。剣道も
    空手(特に沖縄)も同様です。世界の人々に柔道の素晴らしさを理解してほしい、というこ
    と自体は悪くないけど「精力善用 自他共栄」という嘉納治五郎の精神を理解してくれ、な
    どということを外国に強要しちゃいけません。もう武道ではなくスポーツなんですから。

     一本を狙い続ける姿勢は美しいけど、それを世界の国々に理解されることなんか不可能で
    すから。日本という離れ島に生き続けた文化の一端としての柔道は世界から見たらかなり
    特殊な精神世界です。なんたって地続きじゃないから人の交流は少ないし、つまり混じり
    合った中から生まれたのではないということでね。そこんとこをわかっていないと、今後も
    スポーツとしての柔道はいつまでたっても脱皮できないのではないか。なんてね。たまには
    マジなことも考えるわけです。

    柔道についちゃちょっとウルサイ・・・・・・・・・・・・店主でした。




    ストーミー・ウェザーとブラック・タイツ

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        ミュージカル映画に熱中し始めたのはいつ頃だったろう。20代後半から30代前半にかけ
      てのような気がする。最初に観た映画は覚えていないけどジュディ・ガーランドは今でも私
      のアイドル。オズの魔法使いで一躍トップスターになり「虹の彼方に」はアメリカ第二の国
      歌とまで言われているけど、成長するにつれ薬物と奔放な男性遍歴で生活はズタズタ。ハリ
      ウッド・バビロンという本の晩年近くの写真は哀れ、最後は便器にまたがって自殺したと
      か。私はそんな破滅型スターに大きな魅力を感じてしまいます。イースター・パレードも大
      変よろしかったけどスター誕生が頂点でしょう。これでアカデミー賞が穫れず凹んで更に生
      活は乱れに乱れ・・・・・・・・。

       こんなタイプの女性を見るといつも「私だったらなんとか出来たかもしれない」とついつ
      い思ってしまいます。悲しい運命を私がひっくり返してみせる、と。いや実際は出来ないん
      ですよ。あくまでも出来るような気がするってこと。それをひょいと友人のT氏に話したら
      「オレもそう」と言ってくれまして、いやはやそう思う男性(女性も)はいるんだなァと改
      めて思ったのはいつの日だったか。確か赤とんぼが飛んでたな、なんちって。

       これらの映画はもちろん、ビデオ。すでにミュージカルの全盛期は過ぎ去りつつありまし
      た。誰に聞いたって黄金期は40〜50年代、49年生まれの店主はまだまだヨチヨチ歩き真っ
      盛りですから同時代に観れるはずはナイ。淀川長治じゃないんだから。あれからすでにざっ
      と30年、先日オークションで入手したストーミー・ウェザーは未見の最後の砦ともいうべき
      映画で、それこそ私にとっては「まぼろし」とか「伝説」の霧の中に隠れていた名画。とは
      いえ、たまにオークションやアマゾンで見かけてはいたけどなんといっても超高額。確か
      3万とか5万円くらいはしていたぞ。とてもじゃないけど手は出ません。それがようやく
      手に入り、期待はいやがうえにも高まります。

       ストーミー・ウェザーはアメリカ品。日本のデッキでは無理なことは知ってたけど、ひょ
      っとしてパソコンなら観れるかもと思い990円でゲット。国内では製作されていないよう
      です。でもって試したらパソコンでのみ鑑賞できたのでアリマス。うれし過ぎる。

       内容はもちろんVERY GOOD。◎。字幕はない、けど音楽と踊りを観たいからノープロブ
      レム。主演のレナ・ホーンは写真の通りで単なる添え物。出演者はすべて黒人、中でもレナ
      は白人顔のハーフだしどう見ても整形してるから、美形で少し歌える程度だと思っていたん
      だけどアタリー!。そんな小物はどーでもいーんざんす。

       早々に登場したのがファッツ・ウォーラー。名前だけは知ってたけど、これがイイの。
      ピアノ弾きながら歌います。表情や動き、指使いにゾクゾク。いや〜芸人だねぇ。こんな人
      いなくなったねぇ。しかも、どうみてもゲイなんだから文句ありませんて。観ながらふと
      思ったんだけど、私は芸人が好きだったんだってこと。そうか、芸人ずきなんだ。な〜んだ
      そういうことか。あっという間にひどく納得。ウーム・・・・さらにウーム。

       今のタレントさんにはいるのかな、芸人。タモリは芸人じゃない、タケシも。かろうじて
      さんまがそれっぽい。北島三郎は明らかに芸人タイプ。美空ひばりも同じく芸人。あと誰だ
      ろう? エルビスは芸人だけどマイルスは違います。ティナ・ターナー、フレディ・マー
      キュリー、アレサ・フランクリンこれすべて芸人タイプ。あとモーツァルトも。ヘンデルは
      ちがうしビバルディもむろん違う。萩本欽一も違うし。ギリギリの境界線にいるのがレイ・
      チャールズかなぁ。スリー・グレイセス、エルトン・ジョンは芸人だけど石川さゆりは×。
      ちあきなおみは◎だけどビートルズは×。

       あぁそうか、と、芸人でないと魅力を感じなかった私に気が付いたのだ。だからビル・エ
      バンスも今イチだったしベートーベンにも手が出なかったワケが分かったのですわい。って
      ことはですよ、私の作品にも芸人志向のなにかが含まれているってこと? そういえばそう
      だ。ありますよ芸人魂が。学校の課題だって今作っている商品だって、そうなんだ。ヘェー
      ほぉー、なるへそ。齢63才にして私自身の奥の奥に潜んでいたモノがヌ〜っと顔を出して
      まぶしそう。こりゃ私にとっては素晴らしい発見。今まで観たり聴いたりしてきて、集めた
      ものたちが一瞬にしてズラ〜っと長い廊下に連なっているようで、チョー気持ちいい(by
      KITAJIMA)

       いや〜なにが発見のきっかけになるかわかりません。そんな調子でキャブ・キャロウェイ
       暗くて顔がわからないのがゴメン

       髪振り乱してのキャロウェイ。いーです。縄のようなものはチェーンです。腰から下げて
      床に届くようで届かない。歌、動き、表情すべて文句なし。これまたまさに芸人。憧れます
      惚れます。一緒に酒飲みたいっす。動きながら歌いながらの客との掛け合いは絶品ですぞ。
      これを真似たのがクィーンのフレディだと思ってる店主。フレディのライブでの掛け合いこ
      そが客席と一体になるってことじゃないんっすか。ただ歌ったりちょこまかと動いたりする
      だけじゃね、魅力が生まれるわけがない。

       これは別の人。コンビの靴、長々のチェーン、上着はチェック。まことに派手でうれしい
      限り。昔、大枚払って茶と白のコンビを買ったけど、白い部分がすれてすぐ傷になったなァ。

       そしていよいよクライマックス。真打ち登場。なんたってニコラス・ブラザースなんで
      あります。NHKの特番で観て以来の大大大ファン、番組ではグレゴリー・ハインズがこの
      踊りを激賞しつつ紹介してたけど、その前後が観れずに待つ事幾星霜。ついにその日がやっ
      てきました。タップの名手もいろいろいます。アステアとかね。だけど、大道芸で鍛え上げ
      たようなタップといえばこの二人にとどめを指します。あきらめなければいつかは叶うもん
      だ、なんてね。
       オーケストラの台の上で踊り

       ピアノの上で踊り

       最後は特製ステージの上で大ジャンプ。この技は、彼らの十八番。あしを180度開脚した
      まま床に着地の大技は痛すぎて観ていられない&面白すぎて笑わずにはいられましぇん。
      でも悲しいかな二人のタップダンスは、長くても数分です。これ以外に出演した2本の映画
      を持っていますが、もう他には見当たらない。多分、この映画が彼らの頂点なのでしょう。
      もっともっと他の作品を観たいけど・・・・・・・・・・・残念無念。

       右はブラック・タイツという映画。これも未見の最後の砦。こちらはバレエのような古典
      的?なダンス。赤い靴で有名なモイラ・シアラーがお目当てだったんだけど、あれ? 顔違
      うじゃん。どーしたの? 調べたら赤い靴のときは22才でこれは30代。大ブーイングです。
      しかも踊りがパッとしません。こんなもんかいな。そもそも赤い靴は相方が良かったし振付
      けもいい、映像表現そのものが良かった。だからモイラ・シアラーは能力以上のものが出せ
      たのかもしれません。それに比べてジジ・ジャンメールとかシド・チャリシーの方がはるか
      に魅力的だし、芸人の匂いを感じさせる。芸人という視点に目覚めたわたしは、生まれ変
      わったように見通せるようになった感じがします(あくまでも感じなんだけど)。

       興奮醒めやらぬ・・・・・・・・・・・・・・店主なのであります。



      年金の試練

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          昨日、以前からカミさんにせっつかれていた年金の受給申請に行って参りました。
         現在、63才と4ヶ月の店主は充分な有資格者。ずいぶん前に書類は届いていたものの、開
        封一読後すみやかに戻封? とにかく難解で理解できないんです。説明されている内容はわ
        かるんですよ。多分。だけど、文体というか熟語というか、読み慣れないことばが並んでる
        という印象が強烈でとてもじゃないけど歯が立ちません。ふだん読んでいる小説なんかとは
        てんで違うんであります。

         だからほっぽっておいたんだけど、いつまで生きてるかもわかんないしね、とにかく貰え
        るものならということで。書面では到底わかんないから相談所に出向いて一気に片付けちゃ
        おうとガンバリました。まずは年金のシステムがどうなっているのか、大づかみに理解した
        いので下見の相談。私は学校での共済と2年間の会社勤めでの厚生年金と自分で払った年金
        の3本立てなのでちょいと複雑であることが判明。中でも大きな問題は、共済と年金の関係
        らしいのであります。

         共済と年金は別個のもの、それぞれに申請して、それぞれから私の口座に振り込まれまれ
        るとのこと。そんなことも知らなんだ。問題なのは、共済と年金の支払った期間を合算しな
        いと計算できないこと。まずは個人年金の支払い期間証明書を発行してもらい、それを共済
        に送り、共済での支払い期間証明書を発行してもらって、再度個人年金の相談所に行って手
        続きしなければなりません。うーむ、説明されてもよくわからない(っていうかまったくピ
        ンとこない)。説明を受ける私の脳ミソはみるみるうちに満杯となり。

         しかも、年金の正規受給年齢は65才。私は63才ですから繰り上げての申請になり、その
        年齢に応じて支払額が減額されます。つまり早くもらうと支給額は減るってこと。いくら減
        るのかは一覧表でわかります。さらに、繰り上げ申請には、一部と全部の2種類があり、こ
        れまた減額率が違います。この「一部」は何に対しての一部なの?と果敢にも質問したんだ
        けど、丁寧な説明にもかかわらず私の頭がついてゆけません。俺ってこんなに頭悪かったん
        となんかヘコみます。

         話しを聞くとどうやら75才とか80才とかが損得の分岐点らしい。情けないけど「らしい」
        としかわかんないのです。なんかこれからの人生を占っているようで気持ちはよくない。
        いつか死ぬことは漠然と理解してるけど、それが何才の何日かなんて冷静に考えることは
        なかなかかなりむずかしい。そこにお金が絡んできます。損得といっても数百万とか数十万
        の単位ではなく、せいぜいが数万円とか数千円ですから、なんだかかなり空しいというか。
        残りの人生の日々を数百円数千円で計算されるようでかなりシュールな気分が疲れを倍加さ
        せるのでしょう。

         でも、そんなこと気にしてたら前に進めませんから、机の上で相手の指示通り名前を書
        き、生年月日を書き、記号や番号を書き続け。個人年金の窓口から共済の窓口へ車を飛ばし
        て、そこでも次々と促されるまま書き散らかして、再び個人年金の相談所に行って見事成し
        遂げたのであります。人前でこんなに文字数字を書いたことはないだろう。しかも変な角度
        で書くもんだから妙に字が汚い。こりゃまるで金釘流だなァなどと思いつつひたすら書き続
        けるしかありません。

         とはいえ、なにごともいつかは終わりが来るもんで。オワリマシタ。ヤッター。あー疲れ
        た。帰宅したらどっと疲れが出てきよってなにもする気がおきません。ようようお米は研い
        だけど料理なんかとてもじゃないけど出来るわけがない。カミさんが帰ってきても食事の
        準備はなにもなし。しかたなしにラーメンを作って食べてるのを横目で見ている私。ゴメン
        ネ、勘弁な。今日ばかりはお許しあれ。

         年金相談所のトイレに張り紙。便器の足元にある黒い石の上に足を載せておしっこして
        欲しいと。2台の小便器の真ん前に一枚づつ。さらにごていねいに中央にも。とにかくお
        しっこを外に漏らさないでくれー。貼者の強い気持ちが押し寄せてきます。

         この中央の張り紙、さらに小さく張り紙が、セロテープでばっさりと。どういうことなん
        でしょうか、これ。小さな紙は後で貼ったんだろうけど、意味あるの? どういう気持ちな
        の。ってね。世の中いろいろ、人の気持ちもいろいろ。不快ではない、面白いのさね。

         これから残りの人生で頂戴できるお金を一日で解決できたわけだから良しとしなくちゃ。
        2〜3ヶ月後から私の口座にお金が入ります。個人年金は年額およそ70万円ですから2ヶ月
        に一度およそ12万円弱が。貯金なんかしたことないから、何に使おうかなァなんてことを
        考えています。でもね、欲しいもの特にないし。趣味はオーディオだけどめぼしいものは
        揃っているし、女性関係はまず望めないし、CDとかレコードっていっても大した金額じゃな
        い。洋服も同じで、さほど興味もない。小銭が自由になった時には、使い道が見当たらな
        い・・・・。

        困ったもんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・の、店主でした。


        女神 セリーナ

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           ウィンブルドンです。なんといっても。そしてセリーナ。タイトルの女神はめがみでは
          なく「じょしん」と読んで欲しい。ぜひに。ブログに書くつもりはなく、あまりにもTVが
          つまらないので準決の録画を観ていたら、こんなセリーナが。ウーッ、凄い目だァ〜。これ
          試合が始まってすぐでさ、これはブログに書かなきゃと思ってカメラを用意して最初っから
          再び見始めたワケ。それにしてもこの目ヂカラ・・・・・・シビレます。

           こんな魅力的なキャラクターはそうはいませんもん。私しゃウィリアムス姉妹の大ファン
          ですからね。力強くてしなやかで、しかも妖艶。なんてったらいいんでしょうか。言葉を
          失ってしまいます。ただ強いだけとか上手いとかはいるけど、そんなもんだけなら別にどう
          ってことない。ちっちゃな時から練習して上手くなってけっこうなことだけど、存在そのも
          のが魅力的な選手はそうそういるもんじゃない。

           昔、レンドルとマッケンローという素晴らしい好敵手がいたけど、それに比べたらアザレ
          ンカはいかにも役不足。可哀相だけど、仕方ない。なんたって格がちがいます。

           休憩中の二の腕。たくましいなぁ。色っぽいなぁ。何処見てるのかなァ。

           試合中にふと見せる表情や仕草が官能的なんであります。官能的などという言葉では物足
          りない、セックスアピール全開中とでも言っちゃおうかな。まさに。何をお考えになってお
          られるのかセリーナ様。敬語も全開。

           そしてまた休憩。伏し目がちな女神(じょしん)は心の中を見るのかはたまた過去の恋人
          を想っているのか。どうみても試合の分析をしているようには見えません。まったく不思議
          な神秘を秘めた双眸に惹き付けられる。

           そして躍動シーンの数々。モハメッド・アリは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と
          言われたけどセリーナの場合は「軽々と跳躍する黒犀(クロサイ)」でしょうか。まったく
          見事な動きは圧倒的、素晴らしいの一語。堪能のひととき。

           小さなガッツポーズもサマになり

           でっかいガッツポーズもご覧の通り。絵になりますな〜

           お尻を見ちゃってごめんね。だけどこれもガッツポーズだから。

           試合を見るのは二回目。いろいろと気づくことがあります。なんといってもセリーナの
          シーンが多いこと。女王ですから写る時間も多いんだろうけど、存在そのものが絵になり
          ますからどーしてもカメラを惹き付けるんでしょう。それに比べて相手役のアザレンカの存
          在の希薄なこと、かわいそうなほどです。小さなときから一生懸命練習してやっと準決まで
          来れたけど相手はセリーナ。どうがんばっても勝てないことは彼女自身が一番わかってるこ
          と。だけど試合は続けなくちゃならない。天賦の才の違いは目を覆うばかり、アザレンカの
          心中察するにあまりある。

           ミスショットしてもこの顔です。なんか微笑んでいるようにも見える。どう見てもわざと
          ミスしてるとしか思えないショットがたびたびあって。一方のアザレンカは、セリーナの
          ミスで得点するしかありません。相手の好プレイを上回って得点することはほとんどない。
          悲しいかなそれが現実。それでもがんばるのがエライ。

           番組はBBCでしょうか。とにかくセリーナを執拗に追い続けます。アップも半端な数では
          ありません。異常なほどのクロースアップもあって感服し涙が滲みます。最初は小指を狙っ
          たショット(としか思えない)。次は顔面超アップ。これを見たらセリーナ怒りますよ。鼻
          の穴丸見えですもの。女性に対して失礼!なんじゃないかしら。なんてね。

           そして勝利のポーズ二態。なんせ動きが派手ですから見てる方も伝わり度合が大きい。
          こんな選手は当分出て来ないでしょ、きっと。だから今のうちに観ておかなくちゃなりませ
          ぬ。そうは思いませんか。

           この準決はそれでもまだ良かった。決勝はもっとひどくて悲惨だった。第一セットが1-6で
          セリーナの勝利だから。すでに先が読めるってもんです。だから事実上の決勝戦はこの準
          決と言える。力の差は歴然だけど決勝は最後まで観たかった。けど解説の女性がうるさくて
          さ、我慢できずに止めてしまったんです。言いたくないけど(なら言うなって)、声が良く
          ないんです。鼻づまりのような気に触る声。ただそれだけでキライっていうのもなんだか
          な〜と思わないわけではないけど。だけど、それだけじゃなくて解説の内容も大いに不満。
          だって圧倒的にセリーナが勝っているのにやたらアザレンカをほめる。判官びいきにもほど
          がある。ファンとしてはもっともっとセリーナを褒めんかいってね。だから、ついつい、大
          した選手でもなかったろうに物言いが偉そーなんだよと八つ当たり。

           それがイヤで今回は英語解説を聴きながら。ほとんど何を言ってるのかわからないのが
          いい。それと解説者同士の笑い声もあったり、セリーナのスーパーショットに「ウップ?」
          と聴こえる感嘆がたびたび。なんか自然で楽しんでる様子がありありで、日本語解説との
          違いに少し驚いた。NHKだからしょうがないか、でも民放だとヘンなゲストがだらだらと喋
          るだろうし、場違いな絶叫も出るだろう。もっと自然で的確な解説を日本語で聴きたいもん
          だ。

           実はセリーナよりもヴィーナス・ウィリアムスの方が本命の店主。どっちかというと
          セリーナは短躯ですから。その点ヴィーナスはすらり、いいでっせ。しかも顔がいい。
          ちょっと泣き顔のところがたまりません。でね、この会場にも当然来てて何回も写るんだけ
          ど隣りの男の子が誰だかさっぱりわからない。この男の子途中で寝てたりしてたんだけど、
          ヴィーナスに起こされたりしてました。だけど、試合が終わって最後に写ったこのシーンを
          観たとたん「ヴィーナスの子供!?」。だってこの二人の表情瓜二つでしょ。打ち合わせで
          もしなけりゃこれほど同じ顔はしませんて。きっとこれは親子なんじゃないか。そうに決
          まってる。勝手に思っているのであります。

          それにしてもこのシーン、さすがBBC・・・・逃しませんなァ。

          とかで、楽しませていただきやした・・・・・・・・・・・の、店主でした。



          筒井康隆とダンヒル

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              邂逅ってのは大袈裟だけど、筒井さんの小説が朝日新聞に掲載されることになりました。
            20年ぶりです。氏を知ったのは結婚後にカミさんから教えられて。それ以来のファンです。
            単行本はずいぶん読みましたし、全集も買いました。私のデザインに対する考え方、ものの
            見方には大きな影響をもたらしましたし、オーバーに言えば血肉になっていると言えますで
            しょうか。

             もう77才になるんだなァ。私とは14才違い。最後の作品という意気込みで書くつもりだ
            そうだけど、その気持ちは少し理解できる。若い時に「こんな小説なら書けるかも」と思っ
            た店主だけど、氏の膨大な読書量を知るに至ってトンデモナイ考えであったことを知り。若
            いってことは恐ろしいことを考えるもんだと改めて思い知った次第。でも、若さとはそんな
            無謀なことも平気でやれる、やってみようと思うことそのものが核心のような気もして。
            だから決して間違っちゃいなかったとも思うのであります。

             氏の小説は常に新しさが執筆の動機になっているとのこと。今回は枕詞を含む古語とのこ
            と。以前、このブログでも紹介したけど「残像に口紅を」のバリエーションの一つなのかも
            しれません。残像ではあいうえお五十音が各章で一つずつ消失しつつ物語は進行するという
            驚異的な小説だったけど、今回のは失われつつある古語がすがたかたちを変え浮かんでは消
            えるものなのでしょうか? とにかく7月13日(金)から掲載が始まるので大きな愉しみと
            なるでしょう。

             すでに新聞そのものが消滅する日が近いとも言われていますから、小説内の古語と掲載さ
            れる新聞そのものがダブってみえます。ネットで読める記事小説情報などに対する技術や規
            格も日進月歩ですから、いずれは紙媒体の情報は消滅するのかしら。といっても、その頃に
            は私は生きていないだろうからカンケーないけど。

             と、書いてる途中で煙草を買いに一走り。思えば、去年の震災でタバコ工場も被害を受け
            て愛煙?の銘柄が姿を消し、大慌てで探しまくりました。地震の影響はこんなとこにもあっ
            たんです。コンビニには銘柄というよりは国産煙草そのものが姿を消し、一向に棚に並びま
            せん。そこで記憶を頼りに古くからのタバコ屋さんに行ったら少しずつだけど入荷があっ
            て、以来その店で買っているわけ。母娘が営んでいる店は大のお気に入り。

             世をあげての嫌煙嵐、余波はライターにも及んでいます。私はカートン(10箱入)です
            から必ず百円ライターがおまけで付いてきます。10箱が煙になるまでに百円ライターは使
            い切りませんから、どんどんライターだけが増え続けることになり、気が付けば両手に余る
            ほどになってしまいます。さらに、最近は子供の火災事故防止とやらで着火がやけに固くな
            ったりスイッチが付いたりと面倒でイライラする操作と成り果てています。

             子供が触るところに置くことが問題なんであってライターに罪はありません。問題なのは
            親でしょ。しかも、使いやすいべきである商品をわざわざ使いにくくするって行為そのもの
            が大きな問題ですよ。デザインの背信行為であります。改良ではなく改悪なんですから。そ
            れを考えるデザイナーも大変でしょう。お心うち察します。一昨日、知り合いの材木屋さん
            に行ったらさる大学の木工授業で女生徒が指を4本切り落とした大きな事故があって、すぐに
            危険な木工機械を撤去してしまったとのことを聞き、ライターを同じだと思ったのです。

             痛ましい事故ではあるけど原因は木工機械ではありません。指導方法とか機械使用のマ
            ニュアルの不備によるものです。その結果、製材はすべて前もって申請し、材木屋さん
            で行ってもらうようになったとのこと。これは、学生にとってはかなりのストレス。大きな
            材料が届いた後に製材するのであれば考える時間があるけど、事前に製材寸法を提出すると
            なると各部品を正確に把握しなくてはなりませんから。未熟な学生にとって大変な作業です
            よ、これは。

             話しが逸れてしまいました。ライターです。私は着火のストレスがだんだんと怒りになり
            ついにライターを買ってしまいました。天下のダンヒルです。
             昔はライターといえばダンヒル・デュポン・カルティエが御三家みたいな存在だった。で
            私はなんといってもダンヒル。渋くて目立たない控えめなところがいい。ずっしりとした
            重さといい蓋の開け閉めの音が素晴らしく細い火口からの炎の姿かたちにもうっとりしてし
            まいます。

             さらに精緻な作りの内部機構。ふたをはね上げるスプリングが右の丸棒で左は着火部分。
            実にうまく出来ています。こういう優れものを入手すると必然的にタバコの量が増えてしま
            います。今でもダンヒルの新品はかなりの高額でしょう。多分4〜5万はするんじゃないか
            しら。もちろんそんなお金はありません。オークションで2980円でした。出品された方は
            かなり凄い方で、送られた商品には英文の取説まで付いていました。いまどきこんな方が
            おられることが驚きです。なんたって滅亡寸前のライターですからね。

             考えると筒井さんの古語とライターのダンヒルは、失われつつあるという点で同じ意味の
            ような気がします。長く生きているといろんなものが消えては生まれることを目にします。
            盛者必滅会者定離、さよならだけが人生だァ〜。

            ちょっとおセンチ・・・・・・・な、店主でした。

            土佐日記です

            0
               竹中労による美空ひばりについての本を読み、ひばりの歌の本筋は中山晋平野口雨情にあ
              り、さらに晋平雨情の行き着く先は紀貫之の土佐日記。との説に心惹かれて日記を読み始め
              ました。さらにさらに、ひばりとマヘリア・ジャクソン&エルビス・プレスリーの曲をパソ
              コンに取り込み、シャッフルして聴き始めましたのであります。
               はてさて、その行き着く先は・・・・・・・・・・・・何処に?

               ひばりは「歌声は永遠に」「オリジナル・ベスト50」の全65曲、マヘリアは「NEWPO
              RT 1958」「Amazing Grace」の全35曲、そして「ELVIS 2ND TO NONE」「ELVIS
              GOSPEL」はエルビスで全44曲、の締めて144曲。これをバラバラに聴きながらしばらく
              過ごすことになるわけです。私は以前から音楽のシャワー効果っちゅうものを唱えておりま
              して。それは何かというと、聴き続けることはシャワーを浴びていることと同じでだんだん
              薬効(ってほどじゃないけど)が皮膚を浸透してからだに心に沁み渡るというもの。証明
              する手だてはないけど、ゼッタイにあると信じているわけ。

               ひばりは竹中氏からプレゼントされたマヘリアのレコードに大きな共感を覚えた事実、ま
              たエルビスは私自身がひばりとの多くの共通点を感じる歌手だからゆえ。この三者いずれも
              出自は庶民、曲を作らず歌い手に徹底し(ひばりは数曲の自作曲があるけど)、専門家の評
              価は決して高いとはいえず(芸術性は極めて低評価)、しかし大衆に愛されたことはことは
              誰でも知ってるもんね。ちなみにマヘリアとエルビスはいずれもゴスペルがふるさとでして
              これも奇妙な因縁と言えなくもないか。

               しかしなぜにそこまで私はひばりに肩入れするのか。

               それは畢竟わたしのもの作りの指針になりそうだからということ。デザインの世界を志し
              てはや40年。今までも今でも考える時の核心がないのです。そりゃ先輩諸氏の作品はたく
              さん見て来たので知識は増えたし、そこそこ年相応の教養も多少なり身に付いているとは
              思うけど、それらを駆使しても「これでいいのダ!」という確信はない。特に、日本人であ
              るからには日本的なるものを内包してないとならぬ、というかそうであるべきだという考え
              が頭から去ることはないのです。

               今の地面が過去の遺跡の上に積み重なって出来ていると同じように、今の私、あるいは
              私が考えるデザイン(私の場合それはファニチャー、いわゆる家具なんだけど)は過去の
              文化の上に成り立っているものであるはず。そこで問題となるのが、その過去の文化って
              一体なに?ってことでさ。歌麿とか光琳とかいってもなんかかなりピンと来ない。民芸も
              同様で、いくら勉強してもさっぱり掴めませんでした。私の頭が悪いのかもしれないけど
              あまりにも実感できないので「ほんとにみんなわかってるのかいな?」とついつい思って
              しまいます。

               今、ゴミバコを考え試作してるんだけどかたちに迷い立ちすくんでいて。家庭用45リッ
              トルのビニール袋がそのまま使える大きさ。厚さ9ミリのベニヤで作るんだけど、4枚の板
              を組み合わせて四角い箱を作り、蓋と底板を取付けて箱になる。おおよその構造や作り方は
              誰が考えても同じようなものになるんだけど、4枚の板の形がね。四角だけじゃ真面目す
              ぎていやだし、かといって丸くしたり曲線を使うってのもどうなの。曲線ってのは感じは
              柔らかくなっていいんだけど、線の根拠がないわけですよ。どうにでもなりますからね、
              曲線は。

               こうでなければならないという部分はいいけど、どうでもいいという部分はむずかしい。
              伊丹十三が言ってたけど「女、公衆電話をかける」といったなんでもないシーンがむずか
              しいと。その気持ちわかるな〜。家具だって繋ぎ合わせるところとか目的のある部分は
              合理的に考えればいいんだけど、そうじゃない部分がね。合理性が使えないところはどう
              すればいいんかい、と悩むんですよ。結局、大した根拠のないままに、な〜んとなくとな
              ってしまうわけです。

               そんな時に美空ひばりのエッセンスをひとしずく。あーら不思議、もやがかかって見え
              にくかったものが、みるみるうちに天下晴れ。くっきりとあるべきかたちが見えてきまし
              た。直線だって曲線だって、合理性という無粋な考えなんか使わないでもイケまっせ。ほら
              この通りってなもんで。粋でいなせとか情といった英訳不可能なことばを使いましょう盛り
              込みましょう。なんて、そんなことにならないかね〜。

               土佐日記ざんす。

               昔むかしの庶民の生活がよみがえります。なんか少しだけひばりに近づけた気がする。
              気のせいかな? 錯覚かな? はたまた・・・・どうなん?? 中でもこの一文がお気に
              入りの店主。
               『さて、十日(とをか)あまりなれば、月おもしろし。船に乗りはじめし日より、船には
              紅濃(くれないこ)くよき衣着(きぬぎ)ず。それは海の神に怖じてといひて、なにの葦陰
              (あしかげ)にことづけて、老海鼠(ほや)のつまの貽貝鮨(いずし)、鮨蚫(すしあは
              び)をぞ、心にもあらぬ脛(はぎ)にあげて見せける』
               これが原文で、

               「さて今夜は十日過ぎなので、月が美しい。船に乗り始めた日から、船中では紅色の濃い
              派手な着物は着ません。それというのも、海の神を怖れてのことだといいながら、(そのく
              せ)何の悪いことがあろうかと、少しばかりの葦の陰をよいことにして、ホヤのつれ合いの
              イガイやアワビのすしを、人の見るのも気づかずに、着物の脛まで上げて見せることでし
              た」これが訳文。

               今読んでるところは、船の旅日記ですからね。このホヤとかイガイとかアワビは言わずと
              しれた女性器の別称です。女陰(ほと)ともいうし、九州ではボボとも呼ばれる。そういえ
              ば昔ボボ・ブラジルという頭突きで有名なプロレスラーがいたけど、その名前を心配する
              人もいた。あるいは、ソンコ・マージュっていうミュージシャンの師匠がマンコ・マージュ
              というウソのような名前で、来日したらどうするの? とこれも密かに話題になりました。

               相変わらず品下がりっぱなしの店主ですが、言いたいのは性に対してかくもおおらかな
              のが昔の日本で、それが改まってしまったのは儒教だかの影響であるとかないとか。だから
              そんなに昔のことではないらしいんだな。話しがだいぶ逸れてしまったけど、要は旧きを
              訪れて新しきを知るみたいな、今の私にとっては差し迫った必要情報であり尽きない興味
              好奇心がそそられる事柄なんざんすゥ〜。

               と、ゴミバコにも呻吟している真っ最中・・・・・・・・・・の、店主でした。


              卒業宣言!

              0
                  ひがな毎日ちっちゃなツマミの店で掃除をしたり金魚とメダカのお相手をしている店主。
                それに比べてカミさんはますます忙しくスマシ顔で帰宅も超遅いのであります。そんな日々
                に押し寄せる難物は「家事」。いわゆる外仕事ならば(家事も仕事だけど)、家事ほど生活
                に密着しませんから手離れもいいし頭の切り替えもできる。お酒を飲んで気晴らしもできる
                けど、そうはゆかないのが家事で。お酒を飲んだら後片付けをせにゃーならん。とにかく質
                が違うんです。

                 陸上競技に近代五種があります。19世紀のナポレオン時代に、敵陣を突っ切って自軍まで
                戦果を報告する兵隊の故事にならって作られ、馬術・射撃・フェンシング・水泳、ランニン
                グがあります。私は、それを家事にあてはめて考える。料理・掃除・洗濯・裁縫、とここま
                ではスラスラ来たけど5番目が思い浮かびません。なんだろうな〜5つめは。強いて言えば
                お風呂かな〜、ゴミ出しかな〜。

                 裁縫はすでに死語、私の家だってせいぜいボタンの付け替えとかズボンの丈詰め程度だか
                らほとんど煩わしいことではありません。母の世代ならば、布団を作ったり、着物の洗い張
                りから丹前や褞袍(どてら)まで作っていたし、父のワイシャツのアイロンがけも毎日して
                ました。それに比べりゃあ今はまったくなんにもしてないのと同じ事。

                 お風呂にしたって、今は自動ですからね。私が子供の時は東京だって、水を張るのも注意
                しないとすぐに溢れちゃうし、薪で焚いていたし、その後ガスになったとはいえ外釜だから
                下手すると湯船の湯が煮えたぎっちゃうなんてこともあるわけで、かなり気を使わにゃあ
                なりませんでした。それに比べりゃあ今はまったくなんにもしてないのと同じ事。
                 ゴミ出しが家事と言えるのかどうか微妙だけど、問題点は分別ゴミの曜日をすぐに忘れ
                ちゃうてことでして。燃える燃えない再利用などがまだまだ新米家事職人には覚えられず、
                これは相変わらずカミさんの担当。

                 でも残る三種競技は今でもなかなかのもんで私にとってはけっこうむずかしい。っていう
                か困ったことに得意不得意がモロに出ています。

                 洗濯そのものは洗濯機任せですからどうってことない。干すのも嫌いじゃない。けど、畳
                んでタンスにしまうのがどーにもこーにも苦手でして、部屋に積み上げた洗濯ものを横目で
                にらむ日々が続いています。どうーしてたたむのが嫌なんだろう? やっぱめんどくさい
                のが一番の理由らしい。カミさんがたたんでくれても私のものは私がタンスに入れるなくて
                はならないけど、それがね。どうしても野積み状態になってしまうわけですわ。野積みの中
                から下着を選ぶ、そんな事が少なくない。なんともだらしない始末。

                 同様に掃除もね、好きではありません。ハイッ。なんたって掃除は完璧にしても現状維持
                ですから。なんにも新しいものは生まれません。床のシミとか壁のホコリに感情移入をすれ
                ば新しい発見もあるかもしれないけど、それは達人じゃないと出来得ないこと。新しさを
                感じにくい、最高でも現状維持という仕事は、私の本業のデザインの仕事とはまるっきり
                反対の位置にあります。これを涼しい顔でこなしてゆくには仕事に対する価値観というか
                対峙する姿勢がなにか決定的に違うような気がします。

                 これは洗濯もおんなじだけど、掃除の方が広いし手間がかかります。障子の桟なんか最
                悪。はたきをかければいいんだけど、それがなかなか。習慣になっっていないですから。特
                に我が家はすべて畳の部屋ばかり、床に目が近く、つまりはホコリは否応もなく目に入る。
                廊下やトイレ、キッチンなんかも同様で「やらなくちゃ」と思うけども腰が重くて。
                あ〜ぁ、いかんな〜。

                 その点料理はいいんですよ。なんたって新しいものにチャレンジできる、試すことが具体
                的に現れますから。掃除を完璧にしても誰も気づかないけど、美味しい料理は誰だって賞味
                できますもんね。そこで表題の「卒業宣言!」。

                 一週間ほどまえにカミさんが帰ってきて私が作った夕食を食べながら、突然料理の世界か
                ら卒業することを宣言したのです。あなたがこんなに料理を出来るようになったんだったら
                もう私が作らなくてもいいわね、と。ウーム。それも一理あるな、と思った私。しかも、こ
                の不規則発言は私の心に大きく響きあっけにとられつつ突発的な笑いを引き起こし大爆笑。
                なんかスキをつかれてしまいました。油断ですな、これは。そして、一息おいて思ったんで
                すよ。宣言というのは思った瞬間に発言すれば、その時点から効力を発揮するんだなァっ
                て。言ったもん勝ち、みたいな。当たり前といえばその通りなんだけど、そう思ってしまい
                ました。

                 思えば好きでもない料理を結婚以来ひたすら毎日。30年以上も作り続けてきたんですか
                ら、このあたりでもう卒業してもいいんですよ。ちなみに我が家で家族外食は滅多にないこ
                と、年に1〜2回がせいぜいですもん。しかも、十数年前には結婚生活の存続の危機の際には
                多大な迷惑をかけ、崖っぷちから救い出していただいた恩義のある方の宣言ならば、静かに
                受け入れることは当然のことと理解しております。こんなわたしでも。
                 
                 とはいえ、食事と家の掃除。まったくひたひたと音もなく迫り来る蟻の軍団のようです。
                特に夕食準備は毎日待ったなしで、仕事の合間に冷蔵庫の食材のチェックと献立が頭をよぎ
                る。朝はアメリカの思惑にまんまとはまりトーストだけだから問題はない。昼食も目玉焼き
                +ウィンナ炒め+レタスの定番コースだからこれもよし。問題は夕食です。
                 お米を研がなきゃならないし、食材にあわせてのメニューを考えねばなりません。こんな
                ことは主婦(古いね)の方々には雑作のないことでしょうが、新米の私はなかなか慣れず。
                八百屋のおかみさんには「カンタンでいいんですよ」なんて言われるけど、そのカンタンが
                むずかしいんですよ。カンタンにするってことは全体を理解できてないとできないから。そ
                うじゃありません?

                 よくアメリカの番組で一週間分の買いだめをするなんてことを耳にしたけど、そんなこと
                出来っこない。生野菜だって肉や魚だってそんなにもちません。大根なんか一本買ってちょ
                っと気を抜くとあっという間にシナシナになっちまう。じゃがいもやタマネギは長持ちする
                けど、それを使った料理の知識が少ない。シチューやカレーはそうそう続けられません。ア
                メリカの買いだめはきっと冷凍かインスタントに違いない、なんてことをようやく今理解で
                きた次第で。なんとも情けない。

                 大した仕事でもないけどいちおう仕事をして、家事もそこそここなすとなればけっこうな
                忙しさ。世の人はこれを忙しいというのかどうかわからないけど。なんかいつも追われてい
                るような気がします。

                と言いながら、今日の献立は・・・・・・・・・・・・と考えつつの、店主でした。


                ユザワヤ速報!?

                0
                    一昨日、カミさんから近所にあるユザワヤ蒲田店で改装大セールを教えられ、押っ取り刀
                  で昨日の夕方馳せ参じた次第。セールといっても並のもんじゃなくなんと90%割引まであ
                  るってことですから、こりゃただ事ではありません。当面必要な模型用のボードなんぞを仕
                  入れにゆくべいか、と。

                   残念ながらボードはセール対象になっておらず、仕方ないからそこらへんのものを見て回
                  り。額縁類は90%引だけど必要ないし、習字用のデカイ和紙を壁紙にしてみょうかと思った
                  けど、薄くてどうにも危なっかしい(90センチ巾×1.8メートル、100枚で千円)、筆は
                  50%引きだけど塗装に使うにはもったいないし適さない。んでもってしょうがないから皮革
                  の売り場に行ってみたら、工具やら皮革やらがどさりんこ(大袈裟です)とあったので買っ
                  てきてしまいました。

                   これが昨日買ったものすべて。総額6261円でした。左の工具、サンドペーパーはすべて
                  70%引き、右の皮革は80%引き。どーです、いい買い物でしょ。左はのこぎりの替え刃、
                  上は3Mのスポンジサンドペーパーが2種、左下からステン定規、2種の棒やすり、皿もみ
                  付きのドリル刃。

                   やすり5本セットは大小2セットのお買い上げ。4536円が1361円なら申し分ありませ
                  ん。ちょうど持っていたやすりが摩耗していたので助かりました。コレ以外にもいろいろ
                  探したんだけどこれといって必要なものがなくて。安さに惹かれてなんでも買いたくなっ
                  ちゃうのが危険っていうのは重々承知してますから、このへんでお切り上げ。

                   そして一番の高額商品は2枚の皮革。下の茶色は5530円が1106円、上の型押しピンクは
                  740円が148円。どちらも幅40センチ×長さ90センチほどの厚めの皮革。こんなもん買って
                  どうすると思われるでしょうが,今考えてるテーブルに使えるかもしれないと思ったわけ。

                   テーブルはふつう天板(甲板ともいいますが)が木とか化粧板ですよね。それでも一向に
                  問題はないけど、なんだかちょっとつまらないっていうか。木とか化粧板だと触ると冷やっ
                  とするし、ツルツルしすぎてるし、第一硬いじゃないですか。そう思っている店主なんで、
                  ひょっとして他にも同じ思いの人がいるんじゃないかとね。そう考えてるのですわ。だから
                  天板に皮革を張って、その上でなにか作業(仕事)してみたいと。ただそれだけなんだけ
                  ど。

                   時計やカメラ職人なんかが皮革の机を使ってるなんてことを見た事あるし、イギリスの古
                  い机なんかもそういう感じの机で手紙を書いてるみたいなこともあったような。だからそう
                  したいと言う訳じゃないんだけど、まァちょっと試してみたいということで。ほんの少し
                  だけとはいえクッション性があり、手触りの良い小振りなテーブルは私だったら使う使わな
                  いは別にして惹かれます。

                   ともあれユザワヤ蒲田店の近くにお住まいの方が居られたら野次馬気分で、いかがでしょ
                  うかしら?

                  ってことで、宣伝方努める・・・・・・・・・・・・・・店主でした。



                  美空ひばり・・・が、気になります

                  0
                      今更ながらというか、相変わらずというか、美空ひばりがいつも心に引っ掛かっている。
                    どうにもこうにも私の心の中では美空ひばりがなんだか居心地が良くないのでアリマス。歌
                    はうまい、確かに。声も一声聴いただけでわかるくらい個性的だし。特にジャズを歌わせた
                    らホントに感心してしまいます。官能的ですらあります。むっちりとしてて濃密。濃密すぎ
                    てむせ返るようです。それはそれなりにわかるんだけど、この居心地の悪さはなんなのかと
                    ても気になるのです。

                     これはエルビス・プレスリーにも共通した思いなんだけど。彼も私の中ではね、居心地が
                    良くなかったのですよ。エルビスとひばりは居心地の悪さの二大巨頭っていうワケ。幼かっ
                    たとはいえ同時代にかなり耳にしましたから、それら全体の印象なのかなとも思うんだけ
                    ど。でもね、プレスリーは知り合いのライブハウスで青島健太さんの勉強会で「LOVE ME」
                    を聴き感動し、ゴスペルこそが彼の故郷みたいなことを教えられて「GOSPEL  1957・
                    1971」を聴いてなんか少しだけエルビスの良さが実感できたわけです。

                     それに比べてひばりは相変わらず良さが実感できません。なんであんなに多くのファンが
                    居たのでしょうか。なにが惹き付ける魅力だったのか。当時のファンは今でもファンであり
                    続けているようだし。戦後という時代が良かったといだけであるはずがない。歌はうまいけ
                    ど、単にうまいだけの歌手はけっこういるでしょ。ベラボーにうまいとも感じるけどそれが
                    なんなのかよくわからん。あ〜ぁ、これが私の限界なのか。

                     と思っていたらひょんなことで本と巡り会って。

                     若い方はご存じないかもしれないけど美空ひばりと言ったら「竹中労」でしょ。彼女の
                    私生活でも音楽的にも最も良き理解者であったことは衆目の一致するところだと思います。
                    竹中さんの本はけっこう読んだけど左の一冊とは初対面。2100円だったけど即購入。右は
                    図書館で借りた同氏の名著「美空ひばり」でこれは再読。この2冊でひばりを理解する手が
                    かりを得ようとの魂胆なんですが。

                     ある時期に著者はひばりにレコードをプレゼント。それがマヘリア・ジャクソンで、ひば
                    りはいたく心酔して聴いていたと。なるほどそういう経緯があったのね。マヘリアは、老齢
                    になってからNHKで観たことがありますが、それがまったく素晴らしく今でもくっきりと
                    記憶に残っています。ゴスペルの女王の尊称を否定する人はおらんでしょう。その人のレ
                    コードに心を奪われていたひばり、ウーム、なるほど、そういうこともあったんかい。

                     その後、竹中氏は次々とジャズのレコードを送り続けジャズを歌いなさいと言い続けた
                    結果が数枚のアルバムになったわけでしょう。中でも「ひばりジャズを歌う/ナット・キン
                    グ・コールを偲んで」が名盤だと説いています。そしてもう一枚「この歌をひばりと共に」
                    が紹介されています。

                     すでに「ひばりジャズを歌う〜」は持っています。何回も聴きました。良いです。良さも
                    わかります(って思っています)。問題は残りの一枚「この歌をひばりと共に」。これを
                    聴けばひばりの良さがわかるかもしれません。わからないまでも少しは理解に近づけるかも
                    しれませんから。オークションで見たら一枚だけありました。これを逃す手はありません。

                     この本の中で、今日(戦後)の日本の歌の原点に触れています。それが中山晋平と野口雨
                    情。名前だけは知ってるという程度で情けない。その晋平と雨情の曲を歌っているのが件の
                    アルバムというわけ。練りにねってこねくりまわした結果が平易で聴きやすい曲に結実して
                    いるのが彼らの曲。このやり方は、まったくデザインと一緒ですから。これは聴かずばなり
                    ません。聴けば、何かしら得ることもあるでしょうし、私が考えるデザイン作品にも多大
                    な影響があるんじゃないかって期待もしちょるんです。

                     戦後生まれの店主ですけど、戦後はアメリカ文化に大なる影響を受けていたことは理解
                    してます。子供の頃から聴き続け観続けていた音楽や映画はほとんどアメリカのものだから
                    私自身も大いなる影響下にあったことは否定できない。そんな中でひばりだけがアメリカの
                    影響を受けず日本的なるものの音楽世界を保ち続けてきたことが偉大さの根幹であると。
                     だからひばりを標準として他の歌手を聴けば自ずと違いがわかるのではないか。なんて
                    大上段に構えているわけではないけど、まぁ少なからずそう思っているんです。

                     それは歌手だけじゃなく作詞作曲でもわかるんでしょう。何も晋平雨情を礼賛する気は
                    ないけど、日本的なるものの出発点と今を比べれば少なくても音楽の違いを理解でき、ひ
                    いては理解が深まるって考えるのでありまする。でもね、すでに今じゃプロの作詞作曲家
                    もすっかり陰を潜め、歌手自身が作り歌うことが大手を振っているわけで、比較もなにも
                    出来たもんじゃないかもしれませんが。

                     この晋平雨情の後(ほぼ同時代?)には山田耕筰がいるけどこれは歌曲に近くなるんで
                    違う路線だし、古賀政男は器用だからなんでも対応できるけどこれもちょっと違う。なんて
                    いうくだりがずんずん出て来て興味深く一気に読めてしまいます。中でも、晋平雨情の先に
                    何が見えるかっていうと、それがなんと紀貫之! えーっ、土佐日記かい!! 古すぎまっ
                    せ、まったく。美空ひばりを理解するためには紀貫之まで遡れってかい。!!!とは思った
                    けど乗りかかった舟、読みましょうと図書館にリクエスト。でも、読めるのかしら土佐日記
                    なんて。

                    と、不安な・・・・・・・・・・・・・・・・・・店主でした。

                    お口アングリ?

                    0
                        思い起こせば十数年前、渋谷のマルイマルイで購ったTシャツ。すでに襟首はヨレヨレで
                      胸のプリントもぼやけてしまい、しまりがなくなってきてるけど大好きなのです。先週学校
                      に着ていったら学生から胸のイラストについて「それ、なんですか?」と。
                       それがこれなんだけど

                       一応ファニチャーデザインを志しているんだから着ているものもそれらしいものが欲しい
                      と思って。めったにないんですよ、こういう絵柄が。その時は3種のTシャツがあったんだ
                      けどお金がなくてコレしか買えなかったんです。なかでもこれが一番良かったもんで。

                       テーブルなんだけど、問題は右側の丸いモノ。これを聞いてきたんです、学生が。私は
                      一目見た時から「!」を想像したんですが、学生にそれを言うのはちょっと。いえね、別に
                      どうってことはないんだしもったいぶるほどのことでもないんだけど。ちょっとね。

                       みなさんはこれを何だと思いますか?

                       なんだかヌメヌメしてるしテカテカしてるし、黒いし、丸いし。私しゃハナっからてっき
                      りコンドームだと思っていたんです。コンドームをくるくる巻いてゆくと丸い口部分がゴム
                      の厚みでだんだん太くなって、こういうふうになりますでしょ。色だって黒いのもあるし。
                      ってことで、今のいままでそう思い込んでいたワケ。

                       聞いて来た学生が女性だったもんで、言いそびれてしまい、そのまま私の考えを伝えずじ
                      まいで授業終了。学生は大いに不満そうだったけど。でも、そのときにまわりに居た学生に
                      も聞いたんですよ。これは何に見えるかってね。そしたら誰一人わからず(っていうかわか
                      ってても恥ずかして言えなかったのかもしれないけど)。ただ一人アシスタントのI君だけは
                      私と同じ考えで(つまりコンドームだってことを)笑いながら「わかります」と言ってくれ
                      ました。

                       それでね家に帰って洗濯するときに上の文字を読んでみたんです。そしたら「eat」とか
                      「more you want」とかがあって。「食べたいなら、もっとどうぞ」っていうような意味
                      なんでしょうか。よくわかんないけど。そのまま素直に解釈するんだったらふつうに「口」
                      なんだろうけど、どうみたってこの◯は口とか唇には見えません。そう思いませんか。
                       
                       口は上と下があるし(だんだん品下がってきました)、どっちにも受け取れるメッセージ
                      です。そういえば、相学の偉才・五味康祐氏は人体には色の付いた部分があってそれらはす
                      べて連関しているといってたなァ。まず思い浮かべるのは唇、乳首だけど、それ以外にも
                      あるでしょ。確か五カ所と言ってたような。だからね、この◯は口でもコンドームでも同じ
                      ような意味合いがあってもまったく変じゃない。イラストを描いた人はそう思ってのことか
                      どうかわかんないけど。きっとそんな思いがあったに違いアリマセン。

                       以前の私だったら学生の疑問に、気軽にすんなりと答えていたかもしれないけど、今の私
                      は躊躇してしまう。わりと最近、授業に参加してもらったT氏から「ちょっとエロっぽ過ぎる
                      かも」と指摘され自制しているのですわ。歳が歳だからあんまりいやらしいことを言うと相
                      手が引いてしまうと。それでなくても真面目に授業しててもエロ味オーラは発散してるよ〜
                      なので。つまんないし寂しいけど、できるだけ抑えて抑えて。

                      でもそのうち我慢できずに小爆発してしまうかもしれない・・・・・店主でした。


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